LUZの熊野古道案内

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2015年 07月 24日

熊野の旅 水泳場 産田川・井戸川・大又川

 この辺では子供の水泳場は、川が多かったのです。
 大河では無く、小さめのが多いので水泳場に適しているのです、
 大きな川は緩やかに見えても流れがきつく、子供が遊ぶには適さないことが多いです。
 深そうに見えなくても深いし、流された時に途中で背が届いたり出来る場所もほとんど無いですからね。
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 旧熊野市で一番大きなのが「大又川」です。
 私はこの川で育ちました。
 台風の後の増水時は少し危ないですが、普段は横切るもの住数メートル、流れ方向も長くても数十メートルで浅瀬部分になると言う子供が遊ぶのに適したものです。
 もちろん上流の大又は水も冷たいし川が狭く、五郷まで下れば水も少し温かで川も大きくなりますが、怖い川に化けることはありません。

 次に大きいのが「井戸川」でやはり水泳に使われてきましたが、昔使われていた旧井戸小学校の所の水泳場は洪水で堰が消えた時に完全に消滅しましたね。
 私のように大又川で育ったものにとっては、昔でもあの辺りの井戸川は川底も泥っぽくて嫌でしたね。
 近年ではもう少し上流で、民家がほとんど無くなったところが水泳場でした。
 うんと上流の山に入ったところも使われていましたが、12ごう台風水害で井戸川が破戒し尽くされて以来、これらの水泳場が使えなくなっています。
 私達のような時代のやんちゃ坊主達なら、今の井戸川でも遊べますが、今の子供では無理ですね。
 親も無許さないでしょう。
 井戸川は三年経ってもまだ工事半ばです。
 子供の水泳場が復旧する見込みは薄いですね。
 無くなって4年も5年も経ってしまったら、水泳場というものが伝承されていなくなるので、場所が出来ても遊び場は復活しないかも知れません。
 その間に子供も激減しますしね。

 有馬町の子供が遊んできた「産田川」も12号でがたがたにされました。
 産田橋が流されるほどでしたからね。
 産田神社横の堰の深みを利用した水泳場も大きな石が一杯座っちゃって遊びにくくなっていたのですが、災害復旧で大きな石は川岸にきちんと積まれ、子供が乗っても揺れたりしないように整備されました。
 農業用水の確保という名目ですが、前より使いよい水泳場が出来ました。
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 ここも子供が減ってきています。
 汚れた川というイメージのある産田川ですが、ここから上流には池川しか無いので清流です。
 その池川は消滅寸前ですしね。

 この他では、大泊海水浴では「宮川」で木本の子は遊んでいました。
 中学になると禁止されていたようですが少し上流まで遠征したり・・・

 新鹿海水浴では「里川」「湊川」で遊んでいましたね。
 この様に、川のあるところには子供の水浴び場があって、大賑わいだったのですが、今は淋しいですね。
 何しろ、子供の数が半減どころか、所によっては1/5とか1/10になりましたからね。

 川遊びが伝承されず、魚の取り方も知らないで育つ子が増えています。
 「かな突き・へし」なんてのは「危ない」と親が持たさないし・・・
 「石こづき」なんてのは親も知らないし、これこそ、足が危ないので爺さんなどが教えようとしたら大変な事になるでしょう。

   
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by je2luz | 2015-07-24 05:04 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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