LUZの熊野古道案内

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2015年 07月 12日

熊野の旅 木本港海岸整備事業 (堤防) 

 前の記事は木本海岸の高波対策の中で、海の中の構築物、「潜堤」について書きました。
 木本の場合、見掛けでは無く、実質効果の方を優先して貰ったので、一件何も無いような「潜堤」になりました。
 取り立てて、その場所で波が砕けるでも無く、ブロックの位置を示す「ブイ」が浮いているだけです。
 船の航行の安全を守るためですから、夜も光っています。
 少し前に一基の海上部分が壊れて、作業船が来て直していましたが、その修理工事の直前にもう一基壊れました。
 街灯の電球を替えるようなわけには行かないらしく、後の一機は直っていません。

 陸上部分は「堤防」ですが、一体いつから築かれ続けているのか分かりません。
 浜の高さが大きく変わるので、昭和33年頃には一番根元の石垣が深くまで見えていました。
 手作業ですぐに崩れる浜を掘り下げる作業は大変だったでしょうね。
 今のように大型ユンボで掘るのでも、もの凄く広く穴を掘るので大作業になりますからね。
 
 木本海岸にも「松原」があったのです。
 私が小学校の頃には結構残って居たのですが、高校の頃には数本しか残って居なかったように思います。

 近代工法によるコンクリート堤防は戦後になって進んだようです。
 先般の新堤防工事で見えた歴代堤防の構造からすると、戦前・戦時中は石垣だったようです。
 私の所には木本海岸の歴史を示すものはありません。
 私が子供だった昭和30年代以降は、台風の記憶と共に私の脳裏に残って居ますが・・・

 この新堤防に着手してほぼ30年です。
 着工時は山下県議、その後が前川県議、森本県議、そして今の大久保県議と県議も替わっています。
 市長は坪田・西地・河上の三人です。
 地元市議ではその当時の小山・浜本・畑井議員はもう他界されています。
 こうしてみると、生き残っているのは私だけ???
 民間では呉服屋さんですね。

 これだけ掛かって、ようやく、予定通りに近い、高波対策工事が終わろうとしています。
 今年度27年の予算で、三丁目と新出町のスロープが完成するはずです。
 今の時代、こうしたところにも「バリアフリー」が適用されます。
 それに逆らうのは熊野市の建てた、新・鬼ヶ城センター位なものです。

 これで、防災面は一件落着なのですが、「花火」の時の取り扱いが問題になります。
 完成すれば、曲がりなりにも、「遊歩道」なのです。
 県管理の堤防とは言え、今まで通りに、既得権的、かなり不透明な「個人への貸し出し」を継続して良いとは思えません。
 今までは、花火大会の主催者で桟敷などの管理をしている熊野市と花火実行委員会はこの部分に方か無理してきたのですが、放置出来なくなります。
 たしかに、県から借り受けるより、県に責任を押しつけておいた方が楽でしょうけどね。
 今年は、今まで通りだそうです。
 「聞く耳持たない」という体質です。

 来年に向かって、この不明朗さを指摘する声が沢山上がることを期待します。
 来年の花火は今までと意味が違うのです。
 皆さんの声をお願いいたします。
 何しろ、私は一議員に過ぎません。
 工事の方は30年間県土木に言い分を聞いて貰ってきましたが、今度は「市」が絡みますので、皆さんの力をお借りしたいと思います。
 「市長への手紙」なんてのも、多くの人の考えが固まれば効果があるようです。
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by je2luz | 2015-07-12 04:16 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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