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LUZの熊野古道案内

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2015年 06月 28日

熊野の旅 伊勢詣・熊野詣 人数は?

 いつものことなのですが、色んな数字に信頼性に疑問を持つことがあります。
 熊野大花火大会、一昨年の来場者数20万人とか各種イベントの数字を、私は眉唾を通り越して「大本営発表」と呼びます。
 観光客の入り込み数なども各県の発表とか自治体の発表は多分水増し気味でしょうね。
 戦況の票読みでは、各陣営の予想得票数を足し算すると有権者数が倍増するのが常識です。
 わたしはそちらも、いわゆる「票読み」はしません。
 でも、いつの時代も主催者は実績を誇示したいのでしょうね。

 江戸時代の日本の人口・・・
 今のように国勢調査とか住基ネットなんてのがありませんから色んな数字が出て来ますが推測ですね。
 それでも。徳川幕府による人口調査はされていたのですからとんでもないような差は無いでしょう。
 各藩の報告などでは、年貢などの関係もあり人口は少なめになるはずですね。
寛延3年1750年25,917,830  (30,323,900)
安永9年1780年26,010,600  (30,432,400)
寛政10年1798年25,471,033  (29,801,100)
弘化3年1846年26,907,625  (31,481,900)
 後の( )ないは、当時の統計の取り方基準を勘案し後の学者が17%の補正をしたものです・

 伊勢詣でとか熊野詣でが盛んだった時代の日本の人口は、修正後の数字を使っても衣3000万人程度らしいです。
 江戸時代のに江戸から関東一円に広がった伊勢詣の流行は・・・
 宝永2年 1705年  330万~370万人
 明和8年 1771年  200万人
 天保元年 1830年 427万6500人

 補正後の多い人口のものから計算しても、10人に一人、毎年押しかけてくるってすごい数字ですよね。
 というより、あり得ませんよね。
 私が意地悪だからこんな風な数字を探し出すのでしょうか?
 でも、テレビなんかでも平気で伊勢詣の数字など喋りますね。
 昔のお役人様もお代官様も今の観光協会や自治体と同じだったのですね。
 いくら伊勢詣や熊野詣は通行手形の例外だと行っても無茶でしょう。

 というより・・・
 江戸時代にそれだけの集客力のあったところですから、今なら年間1300万人から2000万人が押しかけてこないといけませんね。
 農閑期を利用したと行っても往復一ヶ月とか・・・
 伊勢講・熊野講で積み立てて・・・
 戦後の農協ツアーの前身ですけどね。
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by je2luz | 2015-06-28 04:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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