LUZの熊野古道案内

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2015年 05月 15日

熊野の旅 尾鷲駅

 尾鷲駅は紀勢線が東西に別れていた頃は紀勢東線の始発駅では無いが、紀伊木本からの連絡バス、国鉄紀南線の乗り継ぎ駅として賑わった駅です、
 町の構造で、駅が商店街や国道の横になかったので、ずっと、取り残されたように昔の佇まいを残してきました、
 私が以前に取り上げた時には、駅前には昔の駅らしく「丸通」(日通)の看板と古い建物があったのですが、流石になくなっています。
 それでも、写真のように「駅前食堂」が残って居ます。
 他の建物が新しくなってしまい、昭和の駅という風情がなくなって、私などは残念です。
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 左の建物って、昔は駅前旅館だったかな?
 食堂も一軒じゃなかったし・・・
 この狭い駅前広場で国鉄バスが何台も連なってきてUターンしたのです。
 もちろん、乗り換える列車は蒸気機関車の引っ張る焦げ茶色の列車でした。
 尾鷲から大内山くらいまではトンネルだらけ・・・
 石炭の粉・煤煙を払うのに扇子が必需品でした。
 もっとつらかったのは、「駅弁」をどこで開くか・・・でした。
 トンネルに入ると目茶苦茶臭いし、窓が開いていると胡麻をふったように煤煙が乗っかってくるし・・・

 2時間40分の矢ノ川越え42Kmの難路を越えて、車酔いはしているし、尾鷲駅にはあまりいいイメージはないですね。
 大学受験の時には紀勢線が全通していたので、ジーゼル機関車で煙と匂いには悩まされなくなっていました。
 他の駅が味気ない近代的駅になるのに尾鷲駅は昔のまま・・・
 それが良かったのですがね。
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 この日もタクシーの運転手さんと話したのですが、今でも、旅の人は「前の尾鷲駅前の方が良かった」と言う人が多いようです。
 旅の人には「旅愁」が嬉しいのです。
 金太郎飴の近代駅舎には感動もないのです。
 田舎からみると、「近代駅舎が歓迎の心」と思えるようです。
 頑張ったって、「田舎は田舎」なんですよね。

 なぜ、この辺の田舎の景色が受けないか・・・
 それは、雪国のような高い屋根の田舎家が無く、防風林のある百姓家もないからなんです。
 日本人が作り上げている「原風景」に合わないと「田舎」にならないんです。
 ハワイだってバリだって近代的な建物が並んでいたら嫌でしょう?
 京都や奈良が丸の内になっても喜ばんでしょう?
 だからって、コンサルの言うような「えせ田舎」が氾濫すると旅人は日本に飽きちゃいます。

 難しいですね。
 壊しちゃった町が多いから「ありのまま」を見せることも出来ませんしね。
 作り物の「小布施」なんてのもあそこまでやると映画村みたいに受けちゃいますけど、場所が悪けりゃあ「夕張」ですよね。

 まあ、まずは住民も観光客も生き延びられる町を作らなくては始まらんでしょう。
 避難誘導看板がまだ付かないって、観光地としては無責任ですよね。

   
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by je2luz | 2015-05-15 04:16 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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