LUZの熊野古道案内

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2015年 02月 25日

熊野の旅 大又川・北山川・十津川・・・熊野川

 紀伊半島は豪雨地帯です。
 真ん中の大台ヶ原は年中雨と雪の山です。
 そして、その南の尾鷲は「日本一の豪雨地帯」などと言うことで有名になりました。
 太平洋に突き出し、背骨に高い山を持ちますから当然雨が多くなります。
 その雨の多くを表題の、大又川・北山川・十津川で受け止め、熊野川になって太平洋に注ぎます。
 頑丈が岩盤の間を縫うように走るので川幅は狭く地図では小さく見えますが、水量は豊富です。
 それに目を付けた国が戦後すぐに。アメリカのテネシー川総合開発の真似をして、「熊野川総合開発」というプロジェクトで発電ダムを次々と造りました。
 私が子供の頃から大学の頃まで、ずっと山間で工事があったのです。
 その名残が最後まで残ったのが吉野郡下北山村池原でしょうね。
 ダム工事がなくなってからでも、昭和50年代まで電話帳では「土建業」だらけでした。
 その為に土木事業までありましたね。
 でも、どれだけ手を打っても、狭隘な谷間では産業も育たず、転がり落ちるように過疎が進みました。

 国の青写真では、「熊野川総合開発」は、ダム造りだけの目的では無い事になった居たようです。
 付随して、山間部も開発され、産業も起き、ユートピアが建設されるらしかったです。
 実際は電源の職員用のコテージが出来たりした程度だったようですね。
 原発の方が、例え不要であっても図書館や文化会館を作りましたね。
 それが、後年の維持管理の費用で自治体を苦しめたのですけどね。
 そして、坑夫処置の時限立法の延長・・・

 ダムが出来て良いことはほとんどありませんでした。
 川は荒れるし、山は分断されるし、集落は消えるし・・・
 「発電ダム」と言う事で、財産の水を失いたくないので、早めの放水など思いも付かないので、水害が大きくなったりしました。
 12号台風の水害も、放水時期を逸したことが被害を大きくされたと推測出来ますが、因果関係は立証出来ず、池原などの2000mmを越す雨量などから、「未曾有の・・・」で済まされてしまいました。
 電源が出したのは、「災害見舞金」です。熊野市の分は500万円・・・
 熊野市社会福祉事務所はダムの影響を受けた紀和町もダムに関係ない所もごちゃ混ぜで山分けしちゃいました。
 他の自治体ではその見舞金を受け取ること自体を問題にしたくらいなのですが・・・
 現実を見ないというか・・・人の生活を見ないというか・・・

 こんな川にしちゃったからなのか、地元での川に対する愛着もあまり感じられません。
 民謡にもあまり唄われていないのか、聞こえてきません。
 演歌では「大又川」と言うのが随分前に地元の紀ノ川良子さんが唄いましたけどね。
 まだ、カセットテープ時代でしたね。
 千曲川・長良川・木曽川・天竜川・利根川・・・
 川としては負けていないのに、歌の世界では負けますね。
 たかが演歌・・・しかし、宣伝効果はすごいでしょう。

 これだけ電気を作ったのに、紀勢西線の電化も遅かったし、紀勢東線は電化されずに残りました。
 オール電化よりつぶしは利くのかも知れませんけどね。
 メガソーラなども出来たし・・・
 でも、電気は安くなりません。

 そうそう・・・
 水害は大きくなったけど、原発に比べれば・・・
 こんな風に考えて諦めるしかないのでしょうか?
 原発を断った町ですから受けが良いはず無いし・・・
 かなり壊されては居ますが、まだまだ「秘境」です。
 最後まで秘境を守るしか生きる道はないようです。
 そして、山の中の家や屋敷は「シシ神様」のお返ししないと・・・
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 東海旅客鉄道 紀勢線 神志山駅
 かつては賑やかな駅だったのです。
 今は無人駅ですが、跨線橋もあるのです。
 特急が通過している線路はほぼ直線でまさに通過用線路です。
 手前はお昼の新宮行き各駅停車・・・乗った人二人、降りた人女高生一人・・・
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by je2luz | 2015-02-25 06:27 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by pmf at 2015-02-25 17:15 x
初めまして。三重県内の獅子舞(神楽)の追っかけをしている者です。
南紀方面の検索をしていて貴ブログを見つけました。
ブログで紹介されている阿田和(4月)、小坂(11月)へ出かけたいと考えています。
これからも貴重な情報発信をお願いします。
**当方もハムをやっています
Commented by je2luz at 2015-02-25 21:12
pmf さんへ
 ***
 この辺の無形民俗文化財系は比較的特色が少ないですね。
 城下町でも門前町でもない貧乏な農山漁村だったからかも知れません。


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