LUZの熊野古道案内

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2015年 01月 18日

熊野の旅 こちらは順調らしい 木本堤防

 市街地を挟んだ、山側の工事と海側の工事・・・
 海側の「木本堤防工事」は順調のようです。
 この堤防、高波対策のものです。
 昭和19年の津波も堤防の根元では数十センチとかしか無かったはずです。
 浜の中ほどまでだったという説は私が祖父や祖母から聞いたのと合いません。
 我が家はその時もここの居たのですから・・・

 木本は地形上、津波が増幅される危険性は低いのです。
 隣の大泊、その先の新鹿などは入り江ですから、高さが数倍になることも想定されるし、現に昭和19年に集落がごっそりやられています。
 木本は津波より、台風などの高波の被害を受け続けてきました。
 江戸時代の「奥熊野代官所」の記録にも、「大嵐、家〇〇戸流失」などと言う記録が何度も出てくるようです。

 地面は時代によって浮沈があるにしても、10mから12m程あるのですから、他所の海辺の町に比べれば随分高いのですが、目の前は外海、「熊野灘」ですから、砂利浜を走った波が家々を襲ったのです。
 防風林を育て、必死に守ってきたのがこの町です。
 何度もの災害の経験から積み上げてきた堤防・・・
 今の基準は「伊勢湾台風」と言う事なのですが、この「伊勢湾台風」のここでの波高などの記録は無いのです。
 今の高さの前の物ですが、私の目の前で水が盛り上がって崩れるように越えてきたのです。
 たった二発で家が崩れました。
 こうした事実も、住民が避難していて目撃したのは私とお手伝いさんくらいだったのです。
 自家用の防波石垣があったので、その波が越えるまで離れで見物していたのです。
 波の破壊力を目の前で見た経験で、今のように、熱心な防災意識が生まれたのです。
 それ以降も、何度か木本堤防は波に越されていますしね。
 幸いなことに、伊勢湾台風を含め人的被害が無くて済んでいます。
 海岸沿いの家の人は、自主避難が身についていましたね。
 今は、その自主避難は無くなって居ますが、何とか堤防が持ちこたえてきました。
 ???
 この堤防に着手した時に比べ、直接海に面して暮らしている人間は半分以下です。
 木本では海岸沿いの土地が一番海抜が高いのです。
 ここが守れなかったら、一気に木本は消滅します。
 無事に出来上がった「潜堤」にこの先を託しますが、地元にこれの解る人が居なくなっちゃうのが心配ですね。
d0045383_2320541.jpg

 現在の進行状況です。
 あと一回型枠を嵌めれば擁壁の部分は完成でしょう。
 我が家のすぐ横の大きな開口部には身障者用のスロープが作られます。
 ご時世なので、この様な施設にもバリアフリーの構造物が作られます。
 なのに、熊野市が施工した「鬼ヶ城センター」は必要以上に段差を作り、「マルチ・バリアー」にしてあります。
 地形上の制約では無く、コンサルタント??の御仁の方針だそうです。
 日本広しと言えども、健勝者でもしっかり見て歩かないと危ないような公共施設を作るのは熊野市だけでしょう。
 人間を無視した行政が現れちゃったのです。
 執行権を握っているので聞く耳など持ちませんね。
 市と県・・・ 普通は市の方が住民の意見を良く聞いてくれ、県の方が少しずれるのですが、ここでは全く逆転します。
 木本堤防30年の歩みは、県と国が市民の声を組み上げてくれたものです。
 市は直接介入せず来たのですが、最後の最後に「観光優先」を持ち出して、住民無視の部分を作っちゃったのです。
 勿論、住民代表を務めてきたメンバーなどには相談などありません。
 潜堤工事着工の頃の市長さんが住民優先の人で良かったです。
 その頃に手を打ってなかったら・・・
 
 市内の子供よりよその子
 交通弱者の市民より観光客
 移動販売より観光シャトルバス
 土日には市民を乗せない乗り合いタクシー
 熊野市民にはそうしか見えていないのですが・・・

 来年度予算で全部出来るはずです。
 残る課題は・・・
 「ゲートの閉鎖」
 そして、堤防上の照明と、避難階段の市を示す誘導灯の設置です。
 太陽光時代なので追加で出来ますからね。

    
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by je2luz | 2015-01-18 04:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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