人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2014年 12月 26日

熊野の旅 冬の旅人 おこじきさん

 昔・・・
 私が高校の頃まででしょうかね・・・
 毎年冬になると熊野を訪れる旅人が居ました。

 「お乞食さん」です。
 夏でも回ってくる人も居ましたが、この辺は暖かいので越冬にやってくる人が何人か居たのです。
 都会と違い同じ所で年中ものもらいは出来ませんから、この辺は冬だったのでしょう。
 
 昭和36年に私が東京に出た頃には、まだ、山手線の中や駅前に「傷痍軍人」が白い着物で募金していましたし、数は減っていても新宿の地下通路のは「浮浪者」も居たのです。
 「浮浪児」はその頃には子供じゃ無くなっていました。
 東京では東京オリンピックを機に「浮浪者狩り」が行われて、収容された人や東京を逃げ出した人が居たのです。
 大阪では万博の時にやりましたね。
 そうして消えた「浮浪者」がバブル崩壊の頃には「路上生活者」「ホームレス」などと呼び方を変えてどっさり増えたのです。

 田舎を回る「お乞食さん」「乞食」も段々数が減りましたね。
 世の中が変わってきて「お乞食さん」などと呼んで、施しをし、体まで気遣う人がどんどん居なくなって、「不審者」として扱うようになってしまったので、門付けで物乞いが出来なくなってきたのです。
 今は門に立っても物をくれないで110番を掛けられるでしょう。
 たまに、国道筋で見掛けますが、門付けしている姿は見ません。

 「お乞食さん」も毎年やってくるので、人とも顔馴染みですが、寝る所も決まっていました。
 山の南斜面の洞穴や岩のくぼみみたいな所で泊っていましたね。
 「乞食の穴」と私達は呼んでいました。
 火を焚く場所を作ってありましたが、今のようにブルーシートなんて簡単で軽い物が無かったので、むしろなどで一寸だけ囲っただけの物ですし。長居をしませんから大した物では無かったです。
 この辺では獅子岩の所でも野宿する「お乞食さん」が居ました。
 獅子岩の足元に居ましたが、取り立てて排除されずに居られたのですから、世の中がやさしかったのでしょうね。
 歩いて回るものもらいですから行動半径は広くなく、多分、この辺のあちこちにねぐらがあったのでしょう。
 「乞食の穴」の場所は業界情報として仲間内には知られていたようです。 
 
 毎年来ていたお年寄りのお乞食さんが来なくなったとき・・・
 お袋や近所の人が、
 「今年はこんのう・・・」
 「死んだんかいのう・・・」 と、心配していました。
 冬を知らせる渡り鳥みたいだったのです。

 いくら南国でも野宿するには熊野だって寒いです。
 人の心だけが少し暖かかったのかな?
d0045383_11232720.jpg">
 昭和30年代の木本脇の浜
 荷揚げ場所など無かったのですが、こんなに沢山の漁船が居たのです。
 親地町の子供達は堤防の上で、1尺あまりの丸太を紐に付けた竿でカツオ釣りの練習をして居た時代です。
 日本中が元気で、日本人が優しかった時代です。
 一杯乞食が居ても今よりみんな幸せだったのかも知れません。

  

  

   ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ

にほんブログ村

    




    

by je2luz | 2014-12-26 04:41 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/21418600
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 元旦の天気は?      熊野の旅 獅子岩・鬼ヶ城 天... >>