LUZの熊野古道案内

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2014年 12月 18日

熊野の旅 金山という所 金山彦命

 金山神社は「金山彦命」と「伊弉冉命」を祭神としているようです。
 「金山彦命」は字のごとく、金属に関連する神様です、
 金山から鍛冶屋まで司るとか・・・
 ならば、ここの金山は???
 山の向こうと違って銅山も無いし・・・
 川に砂鉄が流れているとも言わないし・・・
 刀鍛冶が居たとも聞かないし・・・
 金を探したという伝承はあるようですが、岡本先生の本でも地名の由来がよく解りません。
 下の方の「礫岩層」では何も出ないでしょう。
 地質学的に来歴の解る人が居たら教えて下さい。
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 さて、「しめかけの日」には七五三のお祓いが行われていました。
 最初に来たのが昔なじみの人のお孫さん・・・
 その後二組来て全部で三組の親子でした。
 昭和20年台30年台40年台とかならこの拝殿には入れなかったでしょうね。
 それでも、熊野市内では幼児・子供の多い地域になるでしょう。
 まだ、新しい住民の人達は「金山」に帰属していないでしょうから、こうした時に来てくれないのかも知れません。
 元の住民の役員さん達がこれから苦労しては言ってきて貰うようにするのかと思います。
 団地を形成して新しい住民が入ってくるので大変でしょうね。
 同じ市内の子供達がここに家を構えるので、どうしても、暫くは出身地への帰属心が大きいですしね。
 それでも、そうした人を取り込んで行かないと、伝統行事も維持出来ないし、防災とかもうまく行かないですよね。
 頑張って貰いたいものです。
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 この金山・・・
 正月二日には「弓引き」があると思います。
 拝殿脇の詰め所?倉庫?には大きな的がありました。
 産田神社とかのは有名ですが、金山は戦時中に途絶えたのを昭和64年(1989)に復活させた様です。
 先年には「相撲取り踊り」なんてのも復活させましたし・・・
 実にこうした物に対する取り組みのしっかりした所です。

 この神社も「神仏混合」だったようで、直ぐ下にある「普門寺」と一体になったような行事が多かったようです。
 今ではかなり分離されているようですが、弓引きの的の裏に貼るお札は普門寺の和尚さんが書いていたとか・・・
 明治に無理矢理別れさせるまで、お寺と神社がごっちゃになって居るのも珍しくないです。
 あの、那智山の「靑岸渡寺」と「那智大社」は今でこそ別れたことになって居ますが、建物の配置はごちゃ混ぜ、「神仏混合時代」を表しています。
 伊勢神宮大元「籠神社」(このじんじゃ)では神社の中の説明看板はまさに神仏混合です。
 このおおらかさがあるから、日本に仏教が入ってきても大した戦争にもならず納まっちゃったのでしょう。

  

  

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by je2luz | 2014-12-18 04:32 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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