人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2014年 11月 26日

熊野の旅 井戸の祭り 二つの大馬神社 

 先日の11月23日に、井戸の祭りがありました。
 この祭りは、普通の村祭り的な物です。
 今ではすっかり町になってしまった井戸です。
 かつては、馬留・松原は家が固まっていましたが、駅裏・・・今の赤坂はかなり低い田んぼでした。
 この田んぼ、少し大水になるとどっぷり浸かってしまいました。
 井戸川の遊水池ですね。
 だから、私が無線を始めた頃には旅行の途中でその水に浸かった田んぼを見た人が何人も居て・・・
 「ああ、熊野市駅・・・紀伊木本駅ですね。  駅裏に湖のある・・・」なんて言われたことが何度もありました。

 この辺は「松田地」の山沿いの曲がった道沿い、山に張り付いて家があっただけです。
 そして、対岸の「井土」も田んぼでした。
 だから、集落としては今では小さく見える、松田地・岡地・紺屋地などが主な物だったのです。
 戦後、赤坂の埋め立てから始まって、松の木の中学校や宅地の開発の残土で田んぼが埋められ、今の形になったのです。
 そして、家も人口も増えました。
 その代わり、遊水池が無くなり洪水に弱くなったのですが、伊勢湾台風の後で「ボックスカルバート」が作られ、良くなりました。
 しかし、三年前の12号台風の集中豪雨では赤坂・井土がどっぷり水に浸かってしまいました。
 今度の高速道路計画では更に悪化させる「盛り土工事」が予定されており、ものを知る住民は不安におののいております。

 昔の祭りは知りませんが、町の形が変わったのですから、随分祭りの形も変わったのでしょうね。
 住宅が増えたと言っても、主役になる子供の数は有井村から熊野市になった頃に比べ、今の方が少ないでしょう。

 今の祭りは、こうして出来た町などを含め、それぞれの地区の子供達による神輿などが朝出発して、お昼頃、「下の大馬神社」「下社」に集まって解散するという形です。
 舞姫による浦安の舞、獅子舞・神楽の奉納なども行われています。
 大馬や瀬戸の役員さんも揃っているようです。
 まさに村祭りの形態です。

 この「下社」は「八幡さん」と呼ばれています。
 神社の半分ほどが戦死者・英霊を祀る社殿になって居ます。
d0045383_2214488.jpg

 「八幡神社」ですから、上の「大馬神社・本社・奥社」とは別の神社とも言えますね。
 ここは、この奥にある「大馬神社」の遙拝所という性格を持っています。
 併設されている結婚式場は「大馬神社の式場」と呼ばれますし、神主さんも同じですから、井戸の人以外は「下の大馬神社」と呼ぶか、こちらを単純に「大馬神社」と呼んだりします。
 結構ややこしいです。

 「大馬神社」は「天照大神」が主神のようです。
 そして、この「大馬神社」には「多蛾丸」の首が封じられているとか・・・
 坂上田村麻呂がこの神社を作ったと言われていますが、奈良時代や平安時代によくある、たたりを恐れて祀った物の一つかも知れません。

 井戸川河口の「獅子岩」は大馬神社の「狛犬」だと言われます。
 もっとも、狛犬として出来て来たのでは無く、獅子岩があったので「狛犬」にしちゃったのでしょう。
 花の窟神社時代には「狛犬」なんて無かったのかも知れません。
 何しろ、社殿も無い「古代信仰」ですからね・・・
 でも、大馬神社も元は背後の山と滝をご神体として生まれた古代信仰の地であるように思われます。
 「多蛾丸」の首がここまで飛んできたなどと言うのも、霊地でなければ生まれない物語です。
 私は歴史家では無いので直感でこう思うだけです。
 何しろ、私から見ると、社殿が無い方が良いくらいの場所ですから・・・

 「坂上田村麻呂」に叱られるかな?
 私は心情的に「多蛾丸」の味方です。
d0045383_2223527.jpg





     

  

   ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ

にほんブログ村

    




    

by je2luz | 2014-11-26 04:59 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/21335939
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 今度は金山の祭り      熊野の旅 久々に里創人・熊野倶楽部 >>