LUZの熊野古道案内

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2014年 11月 22日

熊野の旅 木本事件慰霊祭

 今日、木本事件の慰霊祭がありました。
 木本隧道の木本側入り繰りにある「慰霊碑」で行われました。
 慰霊碑が出来て20年ほどです。
 話が持ち上がって時に私は駆け出しの議員だったものです。
 それでも、この事件を少しでも知るたった二人の議員でした。
 私より一基先輩、歳も二つ上の親地町の議員、浜本亘治さんと、事件を現場で見て居た人物の孫の私しか全く知らない事件でした。
 しかし、事件の内容が戦前の人種差別が根っこにあるようなので、この時期に朝日新聞も三重県版のトップで大きな記事にした物です。
 私と浜本さんはかろうじて事件を知っていたし、親地町の人が犠牲者の供養をして居た事も解りました。
 そして、経緯や時代がどうあろうと、私達の先輩、木本町民が加害者には違いないし、長年放置してきたのも確かなので、時の教育長や市長と一緒に、私費でのカンパを募り、慰霊碑建立の助けをしようとしました。
 出来た浄罪はそのまま市が支出することも出来ないので木本社協に預けました。
 その後に色々あり、スムーズに事が運ばなかったのは残念です。
 そして、私も議員では無くなったし「、浜本ざんも若くして無くなられてしまいました。

 何年か前にもブログに取り上げたこともあり、その縁で慰霊碑を守られている南牟婁の人が先頃会いに来られたので、今日の慰霊祭を知りました。
 そして、木本人としてお参りするのが筋だと思い参列しました。
 事件から90年ほどですから、両方の当事者は最早存命ではありません。
 孫の世代が私なんて事ですからね。
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 地元と言うことで、「一言何かを・・・」と、言うことだったので、こうした悲惨な事件や戦争を教訓にし、人間の怖さを知り、本当に仲良く出来るように・・・」という、私の持論を述べました。
 事件を蒸し返すのでは無く、前に進むことを考えないといけないのですが・・・
 反省しないのもいけないし・・・
 非をあげつらうのもいけないし・・・
 その繰り返しだと、何百年経っても前には進まないでしょう。
 難しいのでしょうかね?
d0045383_16531935.jpg

 私の父も中支で戦死していますが、中国人を恨む気も無いし、アメリカ人を恨む気も無いです。
 日本の軍部の馬鹿さ加減には文句もありますが、それを言う気も無いです。
 それよりは、今の時代にそれを美化しようとする勢力が嫌いです。
 国を守るとか以前の問題です。
 でも、時代はそっち向きなのかも知れません。

     

  

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by je2luz | 2014-11-22 16:53 | Trackback | Comments(0)
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