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2014年 11月 20日

熊野の旅 木本海岸 堤防構築 1 経緯

 我が家の前にでんと座っている堤防は、木本に町が出来て以来先人が苦労して守ってきた海岸堤防で、何代にもわたって構築され、最終的には伊勢湾台風の後で嵩上げ改修された物でした。
 下の写真は伊勢湾台風の前、1959年(昭和34年)の嵩上げ工事をして居るもので、場所は布袋町です。
 この様にして維持してきた堤防も継ぎ接ぎだらけで老朽化も進んでいたので、新規に建設されたものです。
 計画・着工は大体30年前です。
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 時の県会議員は大物土建族と言われた山下正夫さんでした。
 元から改修の計画はあったようですが、表には出ていませんでした。
 全長600mあまりとは言え、当時としては海抜では全国一にを争う規模の堤防ですし、少ない予算では出来ませんからね。
 それが、いきなり着工するから入札する・・・という発表があったのです。
 まだ、私が原発問題で市議会議員になる直前のことです。
 
 その計画を聞いてびっくり・・・
 堤防の平均高さは今までと同じ。
 作る場所は旧堤防が邪魔になるし撤去しての工事は危険だから出来ない・・・だから、平均11m海側に出す。
 と言うものでした。
 その旧堤防は伊勢湾以降も台風の高波が越えたことがあり、三丁目では内装屋さんの店に波が入って、商品が塩漬けになり、その辺に置いてあった車も波に押されて潰れるという災害があったのです。
 被害が出ないまでも、波が越えて砂利が道路に散らばったこともあったのです。
 ところが、県にも国にもその事実が残されていませんでした。
 だから、海抜15m程の新堤防が「伊勢湾級の台風にも耐える」と、胸を張ったのです。
 しかし、地元では実際に波が越えたのだし、ローカル紙には記事もあったのです。
 住民にすれば、波が越えたことのある高さの堤防を、距離にして一割ほど前に出せばどうなるか・・・
 とても、そのままでは飲める案ではありませんでした。

 そこで、当時は地元にも顔を知られていなかった私ですが、二丁目で同じくその堤防にもの凄く不安を感じていた御仁と手を結び、海に面して暮らしている木本町親地町から新出町までと井戸町馬留の全ての家の署名捺印を貰った要望書を市と県に提出しました。
 さすがに、住民総意となると県土木も無視は出来ず、入札延期、住民説明会のやり直し、更には設計変更まで行きました。
 そもそも、急に着工するとなった理由は、「熊野川河口の川口切り、浚渫改良工事が着工できなくなって、当年度予算を消化するため」と言う事だったし、大物県会議員の肝いりだったので、事業中止も出来なかったのが幸いしました。
 県議とは年は違っても、個人的にそこそこ議論などする間柄だったのも良かったのでしょうね。
 何しろ私が理想論者で、言いだしたら聞かないと言うことを知ってくれていましたからね。

 と言う事で、高さは変更できないが、設置位置を5m後にさげて旧堤防に食い付いたものとし、完成後に旧堤防を取り壊して新堤防の後部分を作るという妥協案になりました。
 砂利が少なくなることを前提にしていますから、堤防前面の根堀りはもの凄く深くなりますし、見掛けより大きな堤防で難工事になりました。
 そして、着工して・・・本体が完成したのは10年ほど前ですが、その前に、私達が要望書で予告したとおり高波が新堤防を越すという事態が発生しました。

 大きな台風では無く、伊豆沖辺りを通過する「台湾坊主」のような低気圧の波が、長い周期の波長でエネルギーも大きかったので、三丁目裏と我が家のすぐそばなど三か所で越えました。
 まだ完成前で旧堤防との二重堤防状態だったので、道路にも民家にも波や砂利は来ませんでしたが、二重で無ければ来ていたはずです。
 我が家の裏の分は私の目の前で越えてきました。
 堤防の上に水が盛り上がって・・・水の山が崩れるようにこちら側に落ちてきました。
 後ろから押された水が行く所が無くなって越えてきたのです。
 テレビでやって居るつまみが越えるような感じでした。
 津波と違うのは堤防全体では無く、並が伸びてきた部分だけが越えるので、厚みが1mあっても、幅が小さく、奥行きも無いので水量は多くないです。
 勿論、砂利を運んだままで越えてきて二重堤防の内側には砂利が残されました。
 こうした自称を目撃したのはほんの数名だけでしょう。

 その日は9月15日・・・快晴で市内各地では運動会をやって居たのですよ。
 さらに、同じ波が、親地町裏の老朽化していた西郷川導流堤を破壊し、ついでに国道42号線の橋を落とし通行不能にしてしまったのです。

 この災害は「想定外」「不測の事態」とは言えなくなっていたのです。
 私が書いた要望書ではっきりと「高さが足りない」「越えた事実がある」「住民の生命財産に危害が及んだ時に責任取れるのか」と明記していたし、住民全員のはんこも押されていたからです。
                            ー続くー

     

  

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by je2luz | 2014-11-20 04:40 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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