LUZの熊野古道案内

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2014年 11月 06日

熊野の旅 村祭り 今昔 そして よその村

 このブログに「祭り」を二本書いた後ですが・・・
 昨夜テレビのそばを通ったら・・・
 佐伯の「すみつけ祭り」についてのドキュメンタリーをやって居ました。
 この九州佐伯市宇目木浦の奇祭と言われる、「すみつけ祭り」も過疎と高齢化で途絶えていたのだそうです。
 埼玉、玉村町にもあるようですが。確か私が知っていたのは佐伯の方だと思います。
 結構テレビでも全国放送で流れたりしたお祭りです。
 大根で羽釜の尻を撫でて、その墨を村中の人の顔に塗るというお祭りで。「奇祭」として名を知られたものだったのに・・・
 過疎と高齢化に勝てず一旦は消えたようです。
 今は宇目出身の人などの有志によって復活し、二年に一回行われているそうです。
 この様な、有名な祭りでも消えるのが日本の現状なのです。

 裸のポスターで有名になった「蘇民祭」も、東北の村々で行われていた裸祭りらしいですが、幾つ残って居るのでしょう?
 一番有名な黒石・黒石寺の「蘇民祭」は当分大丈夫でしょうけど、小さな村々では、真冬に裸になる若い衆も居なくなってきているでしょう。
 郷土愛の強い東北人でも守るのは大変だと思います。

 以前には、「祭りの日だけ住民が戻る集落」なんてのも放送されました。
 村、集落に愛着があれば暫くはそれも有りでしょう。
 でも、長い間離れれば・・・
 男女の恋愛でも離れて住めば・・・
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 この辺りで、少し変わった行事を持っている祭りは、神社関係では・・・
 育生町の「大森神社どぶろく祭り」、
 有馬産田神社の「弓引き」やサンマ寿司の起原」とも言われる骨付きサンマ寿司のだされる「奉飯の儀」のある1月の大祭、
 有馬花の窟神社の2月10月のお綱掛け神事
 などでしょうね。
 どれも維持されていますが、この祭だから他所へ行っている子供や孫が帰ってくる時代では無いようです。
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 地元の人が見捨てた村を再生するのは大変です。
 市は嫌がるようですが、不在子孫に田地田畑寄付して貰って・・・
 田舎の田地田畑は目の前で価値ゼロになるのですから・・・
 熊野市だけでは無く、全国の田舎全部です・・・
 その田地田畑をやる気のある人に無償に近い形で貸し出す・・・
 その代わりに、稼いだら税金を払って貰う・・・
 「永遠におんぶにだっこ」なんて人に来て貰っても仕方ないです。
 でも、全国の田舎の多くでは既に考えて動き出していると思います。

 熊野市の田舎は8ヶ村あります。
 その8ヶ村が又6~10くらいの集落に別れています。
 そして、山で分断されています。
 でも、それぞれが「良いところ」です。
 しかし、この集落全部に他所の人を誘導し、再生するのは無理です。
 あの谷間の各集落に2家族配置しても80家族とか100家族必要になります。
 あげくに、その家族の子供は遊び相手も無く、学校も無く・・・
 ここでも、集落統合の意気込みが無くては駄目でしょう。
 親が百姓するなら、畑のある集落に通えば良いでしょう。
 今は、奇特な人が山間に住み着くとマスコミまで飛びついていますが、社会的にはコストが掛かって困るのですが、話題にもしませんね。
 一部を切り捨ててでも、集落の態を成し、ご近所が有り、友達のいる田舎の村を作って、村祭りも出来るようにするのが精一杯でしょう。

 悲しい、淋しい話のようですが、絵空事で無い夢ってこんな事になりそうです。

     

  

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by je2luz | 2014-11-06 05:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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