LUZの熊野古道案内

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2014年 11月 04日

熊野の旅 村祭り 今昔 そして この先 1

 10月11・12日には木本神社の祭り、11月3日には飛鳥町の飛鳥神社と五郷町の飛鳥神社の祭りにお参り?に行きました。
 二つの飛鳥神社は典型的な村祭りです。
 旧飛鳥村の鎮守様と旧五郷村の鎮守様です。
 多分、五郷も同じだと思いますが、昔は12月1日にお祭りをしていました。
 秋祭りですが、昔に稲作は遅かったのです。
 11月になって霜が降りるようになっても、田んぼには「さがり」に掛かった稲が残って居たものです。
 刈り入れ・脱穀・籾干し・藁の片付けまで終わると、11月中頃とかになるので、お祭りが12月の頭になって居たのでしょう。

 今の稲は早く植えて早く刈り、台風の被害を少しでも避けるように改良されています。
 さらに、刈り取りと脱穀を一度に行う機械が導入され、美味しいお米を作ることにこだわる人以外は、稲のままで「さがり・はざ」に掛けて乾燥させるなどしません。
 もみの乾燥も、庭にむしろを敷いて乾燥させるなんてありません。
 灯油を焚いて強制乾燥させるのが多いのです。
 つまり、農作業の工程数の減少などもあり、農繁期が終わるのがもの凄く早くなっています。
 なにしろ、お盆が終わると稲刈りが始まっちゃう位ですからね。
 それに、田舎と言っても、稲作が生活の中心では無くなって居ますしね。
 季候の良い、11月・・・
 そして、変動しない文化の日11月3日に移したのでしょう。

 11月3日に変わった頃から、過疎の進行が早くなったようです。
 そして、高齢化も恐ろしい速度で進行しました。
 昨日の飛鳥の祭りでは、私が育った集落の少し年上の親戚が・・・
 「次に平が当番になった頃にゃ祭り出来んかも知れんぞ」と言っていました。
 確かに、男では70代後半が二人。60代後半が二人・・・その下は一人だけなのかな?
 「とうや」などやれるはずが無いのです、
 小阪という集落は、畑ヶ田・本郷・相ヶ谷・奥相・平・相谷・佐田・高更の八つに分けています。
 それぞれが一年交代で小阪の「とうや」を受け持ちます。
 八年に一回、回ってくるのです。
 昔の「とうや」は祭りの準備万端整えなくてはならないので大変だったのですが、今は簡素化されて余り準備は無いようですが、少なくとも祭り当日「御幣」を携えてお宮さんの拝殿で奉納しなくてはなりません。
 と言う事は・・・
 各家順繰りなんて出来ないのです。
 元気なものは何年でも・・・
 最早、このしきたりも守れなくなるのが目に見えてきました。
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 舞姫も飛鳥は何とか四人確保しています。
 飛鳥で居なければ借りてきてでも取り敢えずは確保できますが、これとていつまで続けられるやら・・・
 本来は五年生とか決まった学年の子が一年限りで役に当たったのですが、二年続けるとかが増えているようです。
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 この神楽も舞手が高齢化してきました。
 笛太鼓の楽士も・・・
 獅子舞ってかなり体力も要るようです。
 昔だと20代の若い衆が舞わしたものですが、今ではその親の年・・・
                 ーー続く==

     

  

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by je2luz | 2014-11-04 05:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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