LUZの熊野古道案内

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2014年 10月 13日

熊野の旅 木本神社秋の例大祭 無事に終了

 台風とぶつかると思われた木本の祭りも、台風の方の都合で来るのが大幅に遅れたのと、あまりテレビが「史上最強」とか騒ぐので、気後れしたのか、勢力も落としたので、余波の雨もなく、波もさほど立たないままで、終了しました。
 12日午後十時三十分現在で、中心気圧970hPa、中心付近の最大風速は35m/s・・・23時の衛星写真でも既に目も無く、雲の範囲は広くても大きな雨雲でもない並の台風になって居ます。
 あの人達はきちんと海水温のデータも読み込むのでしょうけど、なんだか、昔、会計検査院に叱られたことを思い出すような経過です。
 まあ、台風さんのぐずつきで、神輿の宮入まで振られずに済んだのが良かったです。
 23時30分頃に号砲が鳴って祭りの終了が知らされました。

 木本祭りでは、近年、通行規制は自主規制みたいな形でやって居ます。
 朝から夜中まで掛かるお祭りですし、前面通行止めするほどのことも無いからです。
 各町内の手の空いた人が通りの行き先まで見通して、迂回路とかを指示してこなします。
 結構スムーズにやれます。
 町中に他所の車が入ってくることもあまりありませんしね。
 以前に警察に出動してもらって居た頃は、県警から派遣されてくるお巡りさんに、随分嫌みを言われました。
 「特別なことも無いのにどうしてこんなに時間が掛かるの?」
 確かに、やたらと多い宿所ごとに停まって動かないのですから、お巡りさんにすれば不思議な祭りだったのでしょうね。

 私が子供の頃・・・昭和20年代、30年代にはこの祭りも随分賑やかでした。
 角田市物に参加する大人・子どもの数は今の数倍でした。
 出し物を引っ張るのは子どもの役でしたが、各町内で配られる鉢巻きを着けていなかったら、綱を引っ張らせて貰えなかった物です。
 木本小学校の生徒が1200人とか・・・出し物が4つ位ではみんなが引っ張るなんて無理だったのです。
 今では全校生徒100人一寸・・・高学年の子は来てくれないので、木本の子では動かせません。
 大人の方も、「若い衆」なんて木本では少ないですから、神輿を始め各町内の出し物も町外の若い人に来て貰い、昔なら引退している年のご隠居さん年齢も総動員してやって居ます。

 昔は沿道に「見物人」も一杯居たものです。
 今は空き家も増えていますから、道沿いの観客もあまり居ないのです。
 近年復活した婦人会・ご婦人連の「木本節道中踊り」もその昔はきれいどころ。芸者さんが踊っていましたね。
 木本にも芸者さんが居たのです。
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 木本祭りは昔風を保っています。
 よその町では「ソーラン」などを取り込んで居るようですが、騒げば良いという方向には進んでいません。
 「木本祭り」などと呼ぶ時もありますが、あくまでも、氏神様「木本神社の秋の例大祭」なのです。
 酔っ払って、ぐだぐだしていますが、それでも、イベント化するよりは良いと思います。
 ただ・・・
 いつまで続けられるのか・・・
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 学校統合は子どもの数が少なくなれば実現可能です。
 集落統合も小さな明るい隠居所を建てて、安い家賃で提供できれば不可能では無いと思います。
 しかし、鎮守様の統合と祭りの統合は難しいそうです。
 明治政府が強権を発動して一村一社を目標に神社の統合をやりましたが、それでも逆らった所がかなりあったようですからね。
 今の時代では、小さな村の鎮守様では社殿の建てかえも不可能になって来ているようです。
 我が町内の稲荷さんも痛んできていますが、小さくても数百万掛かる宮普請をやる力は新出町にはありません。
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 こうした話題も、事が重大すぎて触りたがりませんね。
 切羽詰まればなんとかなる???

     

  

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by je2luz | 2014-10-13 05:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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