LUZの熊野古道案内

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2014年 10月 02日

熊野の旅 祭り 色々 1

 昨夜は木本神社秋の例大祭の始まりを告げる「鈴上げ」でした。
 木本の出し物のある各町内の役員が集まり、筆頭役町?の新出町の神楽が鈴を神前に奉納する儀式です。
 そんなに大層な儀式では無いのですがこれをしないと祭りがスタートしないことになって居ます。
 10日も前にやるのですが、昔はこの日以降は不浄なこととか色事は慎んだのでしょうね。
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 木本には今は「とうや」はありません。
 「とうや」は「頭屋・当屋」と書くらしいのですが、祭りを取り仕切る家のことで、飛鳥辺りでは回り持ちになって居ました。
 この当夜の当主も禊ぎをして清い生活を送ることになって居たらしいです。
 段々、こうしたしきたりも消えて行くのでしょうね。
 今の時代、一寸した祭りでも、家で世話をするなんて不可能ですからね。
 大体、縁側・中の間・奥の間なんて構造で大勢の人が集まり、出入りできる家は田舎の古い家以外にはありませんしね。

 木本神社の祭りだけでは無くこの辺では「浦安の舞」というのが奉納されることが多いです。
 小学校の5年生とか6年生の女の子が舞うのですが、近年は舞姫が確保できないところが増えてきました。
 こどもの数が少ないし、全部の女の子がやりたがる訳でも無いですからね。
 山間部などになると、集落外の娘を頼まないと足りなかったり、昔は一年限りの役だったのに二年舞って貰ったり・・・
 我が町内の神楽・獅子舞には「じーじー」と言われる男の子が一人必要なのですが、このところずっと町外の子どもです。
 なにしろ、子どもが居ないのですからね。

 今では木本祭りの呼び物になった「六方行列」も昔は親地町の中学生がやって居たのですが、今では小学校の低学年まで出演しています。
 大名行列の「奴さん・足軽」の真似事なのですが、恐ろしく迫力がなくなってしまいました。
 昔を知らなければ、まあ、余興にはなるでしょうけどね。
 由来を知ると興ざめにもなりますし・・・
 ここ木本には江戸時代、「奥熊野代官所」がありました。
 でも、お殿様が居たことはありません。
 木本では参勤交代を見たこともなかったはずの町です。
 と、言うことなんですが、熊野を代表する物に成長しちゃったようです。
 でも、全国の城下町のお祭りを知る人からすれば、所詮はまがい物でしょうね。
 由来なんて語れません。
 聞いては居ますけどね。
 聞きたくないでしょう?
 「錦の御旗献上行列」よりもっとまがい物ですからね。
 あっちは、少々眉唾物と言うだけで「無かった」などとは言えません。

 まあ、京都の祇園さんの鉾も地元の若い衆では引っ張れなくなって、学生さんのアルバイトとかを使い出したのも随分前から見たいですし、こんなに過疎の町では無理もないのでしょうね。

     

  

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by je2luz | 2014-10-02 05:34 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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