LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2014年 05月 02日

熊野の旅 木本の水 奥川邸井戸

 木本はいつも書くように水で苦労してきた町です。
 山から樋で水を引っ張ってきて石の船に溜めて共同で使うという風な生活が長く続いたのです。
 水のあるのは西郷川(にしごがわ)と高城川(こじょがわ)のほとりだけだったのです。
 土地が砂利なので中々井戸も掘れないところです。
 従って、人が住み始めたのは親井戸・親地町周辺だったようです。
 ここなら、西郷川の表流水も伏流水も手に入ったからでしょう。

 親井戸に近い西川町の所には奥川をはじめ、中西、前川とか木本の旧家が居を構えています。
 木本上水道が出来てからは全域が住宅地化しましたが、それまでは本町筋は余り良いところでは無かったようです。
 そうした中で、旧奥川邸には井戸が有り、手押しポンプが座っています。
 写真の物は昭和の物だと思いますが、淺井戸ですね。
 パッキンもバルブも朽ちて硬化してしまいおそらく呼び水をしても水をあげられないでしょうね。
d0045383_23565411.jpg

 この井戸の水・・・
 周りに家が建て混んでからは余り感心し居ない水質だったかも知れません。
 木本にはどぶ・下水道なんてのは存在しませんでした。
 下が砂利であることを利用して「水引き」「浸ませ」という浅い井戸のような物に生活排水などを流し込み自然にしみこむようにしたのです。
 つまり、井戸水が汚染される可能性が強いのです。
 いまでも、そうした「水引き」「浸ませ」を使って居る家が多くあるはずです。
 下水道が出来る可能性は無いですから、永久に使われるのでしょう。

 我が家にも井戸はありました。
 この家を建てる時に冷房用チラーの冷却用にボーリングして掘った物です。
 淺井戸では無く深井戸に近い深さでした。
 水は昔この辺を「高城川」が流れていたはずなので伏流水が有り豊富に出ましたが、端から飲用には考えませんでした。
 おまけに、海抜12mほどの所で10mほどの井戸を掘ったのですし、地盤が砂利ですから、少し海が荒れて浜の真ん中を越えるところまで波が来ると塩分が混じりました。
 隣にも井戸が有り、池に使って居ましたが、そんな時には鯉がアップアップしたようです。
 奥川邸は浜から遠いし、塩分があがることは少なかったでしょうけどね。

 近代のボーリング方式では無い手堀りの井戸がある家ってものすごいお金持ちだったようです。
 なにしろ、砂利浜のような土地で、10m掘るにはものすごい広さのすり鉢が出来ちゃいます。
 その後で石垣を積みながら埋め戻したのだそうです。
 自分の屋敷で解決できない工事をやったのですからね。
 こうして何気なく見過ごす「井戸」も木本では大変なのです。

   
  
   ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ
にほんブログ村
    


    
熊野市周辺地図です


by je2luz | 2014-05-02 08:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/20641408
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 宣伝 行事あちこち      熊野の旅 5月1日 浪人生活脱出  >>