このお堂は熊野市紀和町楊枝の「薬師堂」です。
この楊枝という所は三十三間堂の棟木になった柳の木が採れたところだと言われています。
さすがは熊野の地・・・古くから都とのつながりがありますね。
すぐ裏側の銅山も平安時代から採掘されていたそうですしね。
このお堂も下の来歴の看板のように由緒あるものらしいです。
熊野の中心部よりはこちらよりの方が色々あるようですね。
武蔵坊弁慶が生まれたのもこのすぐ下流ですしね。
歴史があっても、由緒ある薬師様が居られても、不便な土地から人は離れて行きます。
この地区にも学校もあり結構人は居たのですけど、林業も駄目・・・生きる手段が無いですからね。
盗伐された木でも何でも無制限に受け入れてきた国の無策が地球を殺し日本の田舎を殺してきたのです。
でも、その政権を喜んで選んで支えてきたのも田舎だったのですよね。
ほんのつかみ金で熊野川水系をずたずたにしたし・・・
巨大な池原ダムなどは「発電ダム」で「治水ダム」ではないとして、洪水を助長するような放水でもセ金は問われない・・・
12号台風でも、これまたつかみ金で終わりました。
この薬師様は頭痛に効くのだとか・・・
田舎では頭痛の種が多すぎて手に負えないかも知れませんね。
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