人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2013年 11月 10日

熊野の旅 木本海岸堤防 1

 木本海岸の堤防は昭和の初期にはすごく低いものでした。
 陸地側では土地よりほんの少し持ち上がっているだけだったようです。
 それ以降に木本町は町を護るために石造りの堤防を構築し、更に近代土木の時代にはコンクリートを使った堤防を作り嵩上げを続けました。
 伊勢湾台風ではその堤防も波が越して被害が出ました。
 私の家の裏は今でこそ国道ですが、当時は芋畑や作業小屋などのあるあまり利用されていない土地でした。
 そこに建っていた長屋が波でつぶされるのを目撃しました。

 その後で、更に嵩上げされたのが旧堤防です。
 そして、老朽化が進み出して計画されたのが今の新堤防ですが、旧来のものと平均海抜が同じで場所が11m前に出る計画でした。
 それに危惧を抱いて計画見直し運動をしたのが議員になる寸前でした。
 海岸線に面した全戸の署名と印鑑を貰って要望書を県土木に提出したのです。
 しかし、計画が発表されたのは入札直前で止めようが無かったのです。
 その時県土木が譲ったのは位置を5m後退させることだけでした。

 そうした経緯がある新堤防でしたが、全区間が完成する前にお粗末にも台湾坊主のような低気圧が伊豆沖にある時に波が越えたのです。
 西郷川河口の導流堤も崩落し、国道42号線の橋も落ちるという災害が発生し、その明くる日に東京へ陳情に出かけ、勝ち取ったのが昨年完成した「潜堤」です。

 私がこの新堤防に関わって四半世紀以上ですね。
 経緯を知る人間も居なくなってきましたが、ようやく完成に近づいています。
 まだ、もう一年はかかりそうですが、浜に下りる階段も今のところ4箇所工事中です。
 来年には内側のガードレール兼二重の波止めやスロープも出来ます。
 これが出来れば今は危険を承知で開け放している樋門が閉められます。
 この辺りでこれが開いているのは木本堤防くらいしかありません。
 このまま開いておけば津波の時に町が壊滅します。

 この工事の写真の場所は私が中学の時に撮った写真とほぼ同じ所です。
 その頃は「生コン」ではなく移動式ミキサーでセメントを練っていましたね。
 砂利は現地調達だったようです。
 白黒は昔、昭和30年代の工事、カラーは今の工事です。
d0045383_2192327.jpg

d0045383_21121055.jpg


     ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ
にほんブログ村

by je2luz | 2013-11-10 00:05 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/19941004
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 木本海岸堤防 2      熊野の旅 カルバートの現状 >>