LUZの熊野古道案内

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2013年 03月 29日

熊野の旅 民生病院ー紀南病院 3

 紀南病院は御浜町阿田和の高台にあります。
 今となると、この高台にあると言うことが大きな利点にもなって居ます。
 今流行の「高台移転」の必要が無いからです。
 今年から工事に掛かって来年度に建てる「新館」が出来れば地震にも耐えられるようになります。
 取り壊す本館は昭和30年代の建物だと思います。

 紀南病院が「阿田和」にある理由…
 今では記録も無いでしょうし、公式には無かった話かも知れません。
 
 「紀南病院」が「民生病院」として設立されたのは昭和23年に南牟婁郡21か町村が協力して病院を建てようと言うことからです。
 その当時、人口的には熊野よりの方が多かったので、候補地にはもっと熊野よりの所もあったらしいです。
 距離的には阿田和村や市木村が真ん中にはなるのですが、利便性もありますからね。
 そして、有馬とかに関して反対の声が出たのだそうです。
 声を上げたのは、木本を中心とする開業医の先生方だったようです。
 うちの祖父などは一番権威があると言われた医院の先生と親友でしたが、「あいつら、患者のこと考えとらん!」と憤慨していました。
 便利なところに出来ると客が減る…
 これが根っこにあったのです。
 で…
 民生病院は阿田和に…

 今は救急車がタクシー代わりにされるほど発達していますが、当時は救急車なんてのは絵本の中の話でした。
 御浜街道(R42)は砂利道…
 通院するのは汽車で…
 当時の阿田和駅は紀州鉱山の銅鉱石の積み出しが行われていたし、「準急」の停車駅でした。
 今より賑やかだった訳です。
 それでも、自家用車なんて夢でしたしねえ…
 不便だったには違いありません。
 でも、開業医・医師会に逆らっては…
 時効だから話せることですね。
 半世紀経っていますからどなたもご存命ではありませんから…

 不便だからってバスを走らせても乗客は居ない…
 確実に乗客の居るのは「通学バス」だけですね。
 一人でも通院の人がいればその足の確保が…
 でも、財源には限りがあるし…
 無駄なものを作る予算とこうした民生用の予算は出所が違うし…
 建物や施設は良くなって行きますが、お医者さんの確保に四苦八苦…
 医者が居なくなったらただの箱ですからね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2013-03-29 08:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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