LUZの熊野古道案内

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2013年 02月 13日

熊野の旅 厄年

 「厄年」と言うものが結構盛大に行われ出したのはいつ頃なのでしょうね。
 「熊野市史」には大又の坪田寛楽斎と言う人が江戸時代に書いた「晴雨日記」にはいろんな行事内容が書かれているようです。
 25歳とか42歳の時の厄払いに人を呼んで祝宴をしたと言うことが出ているようです。
 その日にちも1月8日だとか1月25日、2月7日などばらばらです。
 二日続けて酒宴を張るなんてのもあるようです。
 そして、この厄年になると地区の神事などの役を担うことが多かったようです。
 そのためにはいろんな謹慎事項なんてのもあったとか・・・
 その集落での行事とかとの縁が薄れてくると「厄払い」の所だけが強調されたのでは無いかと書かれています。
 
 縁起を担ぐ人は、「前厄」「本厄」「後厄」なんて三年も縁起が悪いなんて言いますね。
 人生に一回では無いのに・・・
 さらに「三方ふさがり」なんて言う人も居るし…
 どこかに出かける時に方位を見たり…
 我が家で方位を気にすると、ほぼ180度分は海です。
 でも、それには便法があって、悪い方向に行く時はよい方向に一旦出て方向転換すればよいとか…
 それを見ても下らない話ですよね。

 でも、古くから行われてきた「厄落とし」ですかし、季節感もあるし・・・
 何より、「餅拾い軍団」の人たちの生き甲斐にもなるし…
 実に生き生きとしていますからね。
 普段悩んでいる神経痛も忘れて拾っていますよ。

 漁師町とかになると、「祝宴」が大変らしいです。
 近所・親戚を招待しての宴会でかなりの入り用だそうです。
 そっちは余り感心しませんね。
 5万10万の話では済まないそうですから…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2013-02-13 09:41 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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