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LUZの熊野古道案内

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2013年 02月 09日

熊野の旅 原発と熊野

 今日の朝日新聞地方欄に「芦浜の歩んだ半世紀 証言」という記事が出ています。
 芦浜に原発問題が浮上してから起こった住民の間に出来た亀裂の問題です。
 賛成派と反対派と色分けされ、近所だけでは無く親戚親子までを引き裂いた歴史を再確認しようという物です。
 同じ事が、熊野原発の候補地だった熊野市でも起きました。
 よそよりは計画の進捗度が低い状態で集結を見たのでほんの少しだけ傷は浅かったようですが、地区によってはずっと尾を引いています。
 そのしこりが何によって起こされたかが忘れられようというほど時間が経ってもです。
 恐ろしい物です。

 熊野原発の反対闘争が燃えさかっていた頃、私は東京でした。
 直接闘争に飛び込むこと無く過ごしたのですが、鎮火しかけた原発誘致の火がくすぶりだした時にはここに帰っていました。
 そして、「その火をどうしても消す」と言うことで、議会で研究費計上の決議がなされたその日に新聞記者を呼んで立候補宣言したのです。
 その年の市長選も利用し、賛成勢力を追い込んで行ったのですが、原発問題以外では区別しないように配慮は続けました。

 この争いの元凶は「原子力発電所」には違いないのですが、こじらせていたのは、電力会社と国による金まみれの裏工作なのです。
 寝返らせるためなら何でもあり…
 嘘だろうが何だろうがお構いなし…
 「絵に描いた餅」では無く「鰹節」も「現金」も落っこちてくるのです。
 その結果が「国家のため」なんて考えていない人がふるさとを売って推進派になっていったのです。

 その体質の延長が「原発村」を作っていったのです。
 人間性などかけらも無く…
 嘘は平気…
 今ばれてきている。まるで人を馬鹿にしたような福島の事故報告の嘘も同じ根っこです。
 だから、私は「原子力」は理解できても、「原子力行政」「原子力業界」は信用しません。

 「井内浦 熊野原発反対闘争史」と言う三紀地区労働組合協議会センター発行の本が手元にあります。
 一応の終結を見た後の1999年に発行されています。
 そして今の熊野市は平穏です。
 原発が座るはずだった井内浦には農村公園が出来ています。

 原発が出来たところも出来なかったところも引き裂かれた傷が残っています。
 「反対」などと言えなくされた地区とか…
 ド田舎に機動隊がやってきたり…
 でも、その実態はもはや報じられることも無く…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2013-02-09 10:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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