LUZの熊野古道案内

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2005年 09月 11日

熊野の旅 熊野の周辺 なぜ北山?

 この前も取り上げたところですが、『奈良県吉野郡上北山村』『奈良県吉野郡下北山村』『和歌山県東牟婁郡北山村』この三つはみんな『北山』です。おかげでずいぶんややこしい話になるときがあります。奈良県側は『かみきた』『しみきた』と呼ぶのですが和歌山県のは区別がつかず話がややこしくなりがちです。おまけにどの北山村も簡単な買い物などは熊野市に出てくることが多いので付き合いも多いのです。

 人的付き合いは随分古くからあったろうと思います。この『北山』から一番近い町が『木本』でした。汽車に乗るにも『紀伊木本駅』・現熊野市駅からでした。
 経済的には昭和30年代中頃まではトラック輸送がママならず、筏(いかだ)によって北山川・熊野川経由で河口の新宮・鵜殿に出していました。帰りは川沿いには登れないところは御浜町経由風伝峠越えや浜街道を木本まで出て家に帰っていました。
 時代が下って旧制中学、新制高等学校についても山の中にはありませんから、県を越えて三重県立木本高等学校に来ていました。公立高校の越境は非常に難しいのですが、木本高校には奈良県との協定が結ばれ、入学枠と寄宿舎が用意されていました。私のときにも数名の生徒が来ていました。

 『北山』と言うのは中心から見て『北』にあるから付けられる名前です。吉野の中心や奈良の都から見れば吉野の南にあり『北山』にはなりません。それなのに、この広大な村は『北山』になっています。熊野の人がそちら方面を北山と呼ぶことは当たり前です。まっすぐ北にありますからね。

 『奈良県』にありながら『上・下・北山』を名乗ったのは、昔からの人的・経済的結びつきの強さからでしょうね。

 この結びつきも熊野が紀州・大阪経済圏との付き合いが薄れ県の中心経由名古屋経済圏に移っていっているように、北山も吉野の中心経由奈良の方に付き合いが移ってきています。
 行政区分の違いと言うのは徐々にこうした実生活も変えて付きます。

 上・下北山村は大台ケ原・伯母峰に源を発し延々と紀伊山地を縫って走る北山川のそばに張り付くように部落があるところです。
 その清流も地盤が悪いため、のべつ崩れるので大雨の後、しばらくにごったままになることがあります。この写真も雨の二日後なのに少し白濁しています。


カメラは コダック・レチナ・1a クセナー50mm2.8

by je2luz | 2005-09-11 12:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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