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LUZの熊野古道案内

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2012年 11月 10日

熊野の旅 木本海岸堤防 1 四半世紀の流れ

 思えば、もう、四半世紀になります。
 大物県会議員の山下さんが、いきなり、木本海岸堤防の改築着工を発表した時はびっくりさせられました。
 事前に地元住民に何の話も無く、高さが同じと言う物を平均11m前に出して作ると言う物でした。
 それまでにも数回波が越えていたのに、その事は県の方に記録がないということで入札の日時まで決めての発表だったのです。
 急遽、危険性を訴えて浜に面して住んでいる親地町から本町の海側の列、そして馬留までの全戸の方の署名捺印を貰った設計変更の要望書を作って訴えました。
 団体を組織したりする時間もなし、勝手にやったと言うのが実情でしたが、時の市長の坪田さんや市議会の一部議員さんの協力もあって、ぎりぎりの妥協で5m下がった場所へ構築することになりました。
 ここまで下がると、旧堤防に一部掛かるので工事はしにくいし、それ以上は下がれない形でした。
 老朽化も進んでいたので新堤防はありがたいのですが、波が越えた事実があるのに同じレベルで5m海に近くなるのですから不安が一杯でした。

 そして、継続事業で工事が進行中、9月の上天気の日、伊豆沖まで進んでいた台湾坊主の高波が新堤防を三箇所で越えたのです。
 まさに、私たち浜に面して波の怖さと今までの経緯を知っている住民の心配が現実となったのです。
 幸い、旧堤防が現存して二重堤防状態だったので民家への被害などは出さないで済んだのです。
 三重県は「伊勢湾台風級でも大丈夫」と胸を張った堤防がこの始末で、住民の意見が正しかったのです。
 原因は、伊勢湾台風時の木本海岸の波の高さの記録など無かったので、基準を松阪港の波高を参考にしたからです。
 まさに、熊野灘の自然をなめた物だったのです。
 そこがデータだけで考える他所の人と、波の怖さを肌で感じてきた住民の違いなのです。

 こうしたこともあって、新堤防が完成しても旧堤防の撤去が出来ないことになったのです。
 ここにも今なら言っても良い裏と思われる事情があったのです。
 木本海岸はその当時は「木本港の海岸」つまり「運輸省」の物でした。
 そして、その内側を走る国道42号線は当然のように「建設省」の物です。
 この二つの省庁の間で、「木本堤防完成の暁には跡地を運輸省から建設省に移管しましょう」と言う裏約束があったようです。
 旧堤防が壊せなくなれば約束が果たせません。
 それでなくても、当初の約束だと10mほどの用地が出来るはずが、堤防が5m下がったので少ししか残らないのですからね。
 「伊勢湾台風級でも大丈夫」と言ったことが現実に外れたこと、省庁間の面子…などが重なったので、去年完成した「潜堤」の構築に至ったのです。

 普通は海岸に大きな波消しブロックをおいてごまかすのですが、たまたま、直談判しに行った霞ヶ関では、地元の田村代議士が大臣をしていたのと、応対してくれた若い技官が学生時代の旅行で獅子岩の前で一日過ごしてものすごく気に入った記憶のある人だったという幸運が重なったのです。
 住民の読みが当たっても、その対応がすぐにできるなんて世の中ではほとんどありません。
 不運を幸運に変えられるというまさにタイミングと幸運が付いて回ってくれたのです。
 
 お偉方を入れた会など作っての運動では小回りも効かないし、タイミングもずれますが、個人で突っ走って、住民の賛同を得れば同等、もしくはそれ以上の力がでます。
 そして、その住民の範囲も「浜に面して住んでいる人」に限定したから、120軒の署名捺印も三日で取れたし、異論も出なかったのです。
 その当時でも、本町の山側の並びでは、波の怖さに実感が無くこの要求運動に異論を唱える人が居たのですからね。

 そして、60億近くの金を掛けた高波対策ではこれ以上を望むのは難しいレベルの木本海岸堤防と潜堤が完成したのです。
 しかし、万全ではないので、旧堤防撤去に当たって再び海岸線住民の協力を得て、最後の要望運動をしたのです。
 今回も、事実上工事の入札が済んでからの発表みたいになったのですが、恐ろしく数が減ってしまって42軒の署名捺印でしたが、その要望書で工事着工の延期まで取り付けての要望運動でした。
 またしても、私個人が突っ走って住民のバックアップを貰う形でしたが、四半世紀の経緯もあって下駄を預けてもらいました。
 その辺りは前にも書いてありますが、予算と言う物が無いと確約できないのが出先の役所ですから、精しくは発表も出来ない所がありました。

 3.11以降は広い範囲で堤防に関する関心が高まったのは良いのですが、逆にやりにくくもなっています。
 やれる範囲を超えることを言い出されると出来ることの出来なくしてしまう恐れもありますからね。
 個人で動いてきた形なので、随分いろんな人に文句も言われました。
 でも、いかに最善の物を作ってもらうかが大事なんです。

 続きは明日にでも書きます。
 最後の要求と今年度と来年度からの事業の関係です。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-11-10 11:11 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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