LUZの熊野古道案内

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2012年 11月 01日

熊野の旅 有名人なら・・・ 神武天皇

 日本で有名と言うなら「神武天皇」は筆頭格でしょう。
 「神武以来」なんて表現があるくらい、天皇の最初とも言われる人ですね。
 神話時代の人なので「神武東征」などという大和朝廷成立の大きな出来事でもあまりはっきりしないようです。
 紀伊半島中に「ここを通った」と言う言い伝えがあるようです。
 まあ、加わった軍勢が一つとは限らないのであちこちにあってもおかしくないですけどね。
 この「神武東征」とやらの軍勢と熊野市も縁があるようです。
 「二木島」にその言い伝えと神社、そしてお祭りもあります。
 ややこしい話ですが、要するに神武天皇の軍勢が熊野灘で遭難し、二木島湾に退避し、それを地元の漁師が救助したと言うことらしいです。
 そして、軍勢は「楯ヶ崎」に上陸して吉野方面に向かったとも言われているそうです。

 この「神武東征」には日本サッカー協会のシンボルの「八咫烏・やたがらす」がつき物です。
 神武天皇を案内して山越えで吉野に導いた伝説の鳥です。
 これは地元の豪族だったと言われますが、神話の中では神武天皇の弓の上にとまった光り輝く鳥になっていますね。
 これの本家を名乗るのが和歌山県側です。
 熊野市には「八咫烏」の伝承が無いですから旗色が悪いですね。
 遭難説は正しくても、上陸説はちょっと苦しいでしょう。
 
 神武東征などとなると諸説あり、古神道マニア辺りでは格好の論題なのでしょう。
 下のURLなどは分かり良い方みたいです。
 なにしろ、古代は大和言葉時代で名前などもあとから漢字を当てたので、私などでは読めません。
 トルストイの小説の登場人物と変わらないほど訳がわかりません。
 まあ、参考にしてください。
  http://www.geocities.jp/mb1527/N3-15-2tousen.html

 と言うことで、関係あるには間違いないですが、押し立てて観光に利用できるほどではないようですね。
 昨日の「秦の徐福」もそうですが、競争相手が矢鱈と多いです。
 二木島の「舟こぎ祭り」も由来は大きいのですが…
 それに、もし、観光客が押し寄せても大勢で見る場所もないし、宿泊など出来ませんね。
 つまり、観光利用は出来ないです。
 金を使わせないと「観光産業」にはなりませんし、年に一日二日のために食堂や宿屋を作るわけには行きません。
 「熊野大花火大会」でもそういうことなんです。
 「食堂が足りない」「宿が無い」と言われるし、一部市民からは、「宿を作れ」「食堂を作れ」と言う声がずっとでていますが、「8月16・17日のために営業してやってゆけると思うのならおやりなさい。」と言うしかないです。
 なにしろ、普段の「熊野古道歩きの人」は昔のお遍路さん並にお金は使いません。
 「善根宿」でもやれば泊ってくれるのでしょうけどね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-11-01 09:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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