LUZの熊野古道案内

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2012年 10月 08日

熊野の旅 木本祭り 子供 2

 子供の出番が多いと書きましたが、かつての木本は千人を超す小学生がいました。
 そして、不思議なことに、本町筋でも、一丁目・二丁目・三丁目・関船町・布袋町には祭りに参加する出し物がありません。
 行列を接待する「宿所」がもうけられるだけですから、子供の行き場が無かったのです。
 昨日も、三丁目で育ったいとこに聞いたのですが、三丁目では参加するものが無いので、新出町のだんじりの綱を引っ張ろうとしたら、「町内の子では無いさか、あかん」と言われたそうです。
 もう、半世紀ほど前のことですね。
 かくかように綱を引っ張るのでも大変だったのです。
 そんなにご褒美が無くても、「参加できない」となると子供にとってはものすごく寂しかったでしょうね。
 性格によっては、そんなことはどこ吹く風…天下ご免でどこにでも入り込める子もいましたけどね。
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 こんな風に、「ヨイヤ」の輿に乗ったりする主役級に選ばれるのは大変なことでした。
 町内の子供で、それなりの家、それなりのつきあいをする家でないとだめだったようです。
 私は飛鳥で育った「奥の子」ですから、木本の祭りは見に来るものでした。
 木本にも家があるし、役町の新出町ですからこちらで育っていたら、少し祭りに対する考えが変わっていたかも知れません。
 どうしても、部外者としての目で祭りを見るようになっています。
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 井筒町の「子供神輿」ですが、これはそんなに昔からあったものではないですね。
 今でもたくさんの子供が集まっていますが、もちろん、「井筒町の子限定」などと言うものでは無いようです。
 それと、子供達の衣装がだんだんそろってきていますね。
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 これは、新出町のだんじりを引く子です。
 首から小さな木で作ったペンダント・識別標ががかけられていますが、これは今年からです。
 新出町では、子供の和服の布を切ったものが識別用に使われてきました。
 ずいぶん昔からの習慣で、ほかの町内が黄色や桃色なんて布を使っているのに、先頭を歩く役町の誇りからか贅沢をしてきました。
 しかし、この布が手に入らなくなったと言うことで木片に焼判を押したものに変わりました。
 これが「だんじりを引っ張った」という証拠になり、これを返却してお菓子をもらうことになるんですが、引き手が少ないのでお菓子が余るようです。
 足りなかったら大変ですしねえ…
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 この子の首に掛かっている黄色は新田の所属の印です。
 着ているTシャツには「新田本宮太鼓」と、プリントされています。
 はっぴなどもだんだん染め抜きに変わっていますね。
 世の中、不景気だと言いますが、まだまだ余裕があるようです。
 でも、変な風に「お犬様」に衣装を着せるよりは遙かに良いですね。

   
熊野市周辺地図です
 
tabi

by je2luz | 2012-10-08 09:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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