LUZの熊野古道案内

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2012年 09月 21日

熊野の旅 熊野 避暑地にはならないの?

 朝晩は涼しくなりました。
 山間部では寒くなってきたそうです。
 元々、真夏でも夜になれば気温が下がって窓を閉め、布団を用意しないといけないのがこの辺の山間部なのです。
 一山越えたところなのですが、「盆地」と言うような地形ではなく、「川筋」「谷あい」と言う感じですから、変な気温の上がり方はしません。
 夏をすごすにはいいところです。
 エカテリーナの教えてやりたいものです。
 あんな大層な宮殿を建てなくても、ここの山間部で、吉田兼好の言う「夏を旨とすべし」という、質素な建物を建てればいいのです。
 そうしたら、ロシア革命もおきなかったかもしれません。

 これほど涼しいのですが、どう言う訳か、昔から。落人は来ても、お金持ちが避暑に来ないんですね。
 イメージ的にあまり良くないんでしょうね。
 古くから、熊野は貧乏で食い詰めた人の住むところって扱い方をされていますからね。
 江戸時代などは「熊野比丘尼」「熊野瞽女」などと言う名前を使う如何わしい女がうろついたとかで、余計も熊野人のイメージを落としたようです。
 有難いお札も、遊女の誓紙に使われたとか…

 どうも、熊野の神々は暮らしを楽にするとか、お金儲けを助けてくれるなんて方には役に立たないようです。
 仏様のほうも「補陀落」とやら言う、観音様管轄の浄土への入り口があるとか言いますが、現世での救いは無いようですね。
 そこへ行くのも、「補陀落渡海」と言えば聞こえは良いですが、この怖い熊野灘に小さな小船で漕ぎ出すと言うものですから、私から見ると眉唾物です。
 観音様って結構、恐ろしい仏様ですね。
 まあ、顔が一杯あったり、腕が千本もあったり、見るからに怖い物もあるくらいですからね。
 葬式で唱えられたりする「観音経」もどこが有難いのかよく分からないです。
 私たちが耳にするお経って、『有難いんだぞ』とか『仏法僧を大事にしろ』とかは分かるのですが、その先が分からないです。
 在家の物、衆生の身では分からないのでしょうね。
 昔は、和尚さんもお上人さんも有難かったのでしょうけど、私の生まれた頃には、あまり有難くなくなっていました。
 末法の世に産まれた私が悪いのでしょうね。

 まあ、神仏のご利益が無くても、ここ熊野は他所に比べれば海岸筋でも涼しいです。
 軽井沢や葉山のように、他所から来たお金持ちを指をくわえて見なくても済みます。
 でも、気温が5度も余って涼しいのに、「金持ちの避暑地」にしようと言う動きは無いですね。
 一度、新鹿温泉で「温泉つき分譲別荘地」を企画して造成しましたが、売れずじまいで廃墟になっています。
 沸かさないといけない29度くらいの温泉ですから、普通の風呂と同じように家内中続けて入らないといけませんから、本当ではないですけどね。

 「南国」だとか「黒潮洗う」とか「南紀」などと言う言葉のイメージと「避暑」は結びつかないですね・
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-09-21 08:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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