LUZの熊野古道案内

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2005年 09月 01日

熊野の旅 番外 奈良県吉野郡

 吉野から南、熊野市の境までは奈良県吉野郡になります。
 山岳信仰のメッカとなるだけあって、まさに山又山の地域です。
 全国時に有名なののは『大台ケ原』『大峰山』・・・生駒山とか足柄山などというものではありません。人跡未踏の場所があるといわれる山です。そしてこれらを抱えるのが吉野郡です。
 吉野郡2257.79hkmでは3691.09hkmある奈良県の61%の面積を占める広さです。中でも十津川村は672.35hkmもあり奈良県の18%を占める広大なものです。これは本州で一番広いはずです。国道168号線を走ると走っても走っても十津川村から抜けません。
 この広大な吉野郡も人口に関しては57000人弱しか居ません。それも北の端の三町に38千人住んでしまい残りの10村は過疎の典型となっています。
 折りしも今衆議院の選挙をやっていますがここを選挙区にする人は大変だと思います。私のところの三重県5区も伊勢路から熊野路まで片道130Kmある広いものですが地形的にはこの吉野郡を抱えるほうが大変だと思います。国道169号線、国道168号線、国道309号線どれをとってもまともに民家はありません。やたらとダムか一杯ありますがそれを除けば自然が一杯です。かといって、岐阜、長野の山岳地帯と違い緑に覆われた山ばかりです。本州の中心に位置し、ならの都からも近かかったのに・・・吉野村から南に来たのは落人だけ・・・南北朝では負けた南朝が、源平の戦いでは負けた平家の落ち武者が、関が原の時も負けた豊臣の残党が落ちてきたようです。今の時代でもこの吉野の山中を回るのは大変なのに昔なら、探すことも出来なかったでしょうね。それに、勢力を蓄えて挙兵しようにも兵糧も無く人も居ないところでは再起してくる恐れもありませんからね。
 私の母はここの下北山村の出になります。従って、下北山村とはゆかりがあり、子供の頃には毎年ここに行っていました。この辺の習慣で正月、彼岸、お盆などに本家や嫁の里に餅を持って礼に行くためです。
 今以上に、下北山村は山の中でした。熊野の田舎物から煮てももっと田舎でした。しかし、下北山を通らないと熊野から都へは行けないのです・・・
 下北山、上北山に関しては写真が無いので後日アップすることにします。その時にもう一度この周辺を取り上げたいと思います。

by je2luz | 2005-09-01 13:53 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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