LUZの熊野古道案内

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2012年 09月 06日

熊野の旅 錦の御旗

 宮さん宮さん お馬の前に ひらひらするのは なんじゃいな
 あれは朝敵 征伐せよとの 錦の御旗じゃないかいな
 トコ トンヤレ トンヤレナ …
  でしたっけ???

 お馴染みの和洋折衷軍服に陣笠の官軍が行進する時に持っていた、菊の御紋の旗が、「錦の御旗」なんですね。
 もう少しすると、日の丸…旭日旗が軍旗になりますけどね。
 なんと、1870年には旭日旗が帝国陸軍の軍旗に指定されたのだそうです…

 こんな田舎は「錦の御旗」には縁が無い所…の、はずですが…
 その「錦の御旗」が朝廷から献上されていたと言う謂れがあるそうです。
 献上先は「花の窟神社」です。
 毎年送られてきて居たようですが、ある年…(はっきりしないのがいいですね)…熊野川の洪水で流されちゃったのだそうです。
 それ以来、地元の人は、縄で作った「錦の御旗もどき」をお綱掛けの綱に付けたのだそうです。
 その部分でも、土地の人を「土人」と書いているそうです。
 わたしが自分を野蛮人と書くのも当たり前ですね。
 でも、その「土人」は今禁止されている差別用語までは行かないようですけどね。

 この記述のあるのは、「続紀伊風土記」?とか、江戸時代の書物のようです。
 この、「錦の御旗献上」を復元するイベントがこの秋に行われます。
 宝くじの金が熊野市経由でそれに回されます。
 当然、宗教行事として行うことは憲法違反です。
 だから、出発地は産田神社の前、終点は花の窟神社の前…ということです。
 この辺のけじめはつけてもらわないと、予算審査を通すわけには行きません。
 それでも、神主が同行するようだとかなり疑念のある予算になります。

 この行列はいつの時代の物を復元するのでしょう?
 「熊野古道」のイメージはどういう訳か、「平安時代」の旅装束なんですよね。
 本来は「白装束」とか「墨染めの衣」だと思うのですが、それでは「観光」には向きませんからね。
 おそらく、派手な着物の乙女とキンキラキンの稚児さんが歩くのでしょう。
 なにしろ、装束は補助金で買うのですからね。
 由緒あるお祭りを維持するためではなく、観光用のイベントを作り出すのです。
 「人の金ならなんにでも…」
 今の時代の象徴のような物かもしれません。

 一応お礼を言っときます。
 効した行事は全部、全国の皆さんのご協力の賜物なのです。
 なにしろ、自前では出来ませんからね。
 ついでですから、効した物が効果あるように、熊野まで出かけてきてください。
 せっかく皆さんが出したお金が無駄になります。
 かつては、『押すな押すな』と言うくらい、関東の若い衆や娘さんが熊野詣に来られたのです。
 いまは、関東の田舎の方をも「関東べえ」などと呼びませんから…
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熊野市周辺地図です
 
tabi

by je2luz | 2012-09-06 10:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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