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LUZの熊野古道案内

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2012年 09月 01日

熊野の旅 防災訓練 2

 去年の訓練のメイン会場は遊木町でした。
 訓練としては、開始のサイレンと同時に、遊木町の人たちが自宅近くの高台に各自で登ってゆくと言うものでしたが、ほとんどの住民が参加していたようです。
 その後で小学校の校庭で救出訓練とかやりましたが、近年では一番身になる訓練だったと思います。
 漁船の沖出しもやっていましたね。
 もっとも、今回想定されている津波では沖出しする時間も無さそうです。
 沖出しのために船着場に行くと言うことは死に行くような物になるかもしれません。
 これをどうするかも緊急の課題でしょう。
 漁師の常識と科学者の予想…
 難しいです。
 会場になった遊木小学校は休校になります。

 五郷町和田の公園を会場にしたこともあります。
 ここは七色ダムの用地買収の時に、電源が買い上げた土地も含まれた川のそばに整備した公園でしたが、去年の水害でものの見事に河原状態になりました。
 昔は河原だったのでしょうからね。

 田舎では広い場所って安全な場所ではないようです。
 急峻な地形ですから、平らな所は河原みたいな所か海のそばってことですからね。
 山の中腹を削って作った一部の学校くらいしか津波も洪水も来ない平らな場所は無いのです。
 住民が少ないし、もともと10ヶ町村あまりが合併したので住民は分散して、まとまった広大な面積は必要ないですけどね。
 平成の大合併までは面積だけは本州で指折りでした。

 東北の大震災の後も、三重県が津波予想を発表した時も反応が非常に遅く、住民への周知も恐ろしく緩慢だった熊野市はようやく動くのかなと思うのですが、地震と津波から生き延びるのは各自の心構えが第一です。
 ややもするとお役所に何もかもおんぶされようという住民意識が怖いですけど、それを変える努力はお役所もしなくてはならないでしょう。
 私が東南海地震を言い出してから四半世紀になります。
 まだまピンと来ていないと言うか、理解できていない人が大多数です。
 困った物です。
 まあ、津波を説いて馬鹿にされることだけは無くなりました。
 まだ、出来る対策もほとんど出来ていません。
 おんぶに抱っこではなく、行政の役割の分だけを大きな声で要求してくれるとありがたいのですが…
 本当におんぶして逃げてくれ式の要求まで出てきますから大変です。
 まあ、できるだけのことをするしかないですね。
 個人では金もないし、せいぜい機関紙で実情を知らせることくらいですけどね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-09-01 09:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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