LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2012年 07月 31日

熊野の旅 水害と水浴び場

 去年の台風12号関連水害は近年には見られないほどの洪水を各河川で引き起こしました。
 堤防の決壊、護岸の崩落、住宅地や農地への浸水、山腹崩壊、深層崩壊まで水にかかわる災害のすべてを起こしたものです。
 その結果として、川床が異常に高くなった所も多いです。
 ものすごい勢いで水が流れるのですから、川床は下がりそうな物なのですが、川床の石や砂が流されると、玉突き式に上流からの土石がやってくるし、山や谷からの補充もあるので河床が上がると言うことが起きるのです。

 井戸川とか産田川のように、平坦な所のある川ではその傾向が強くなります。
 自然界でも山の出口に「扇状地」を作るとされているのですから当たり前なのでしょう。
 大又川でも河床の上がった所が多く見られます。
 もちろん、洪水でえぐられて護岸が消え、山が侵食された所も一杯です。
 山が崩れなければ洪水のたびに土砂が下流に流れて、川は岩盤まで下がるはずです。
 何万年とか言う単位なら下がってゆくはずですけどね。

 市内の川には、子供のための「水浴び場」が昔からあります。
 プールなんてのがない時代には、「水泳」=「水浴び場」だったのです。
 いまでも、学校のプールなんて無い所も多いのです。
 およそ集落のあるところには清流があるのが当たり前の所ですからね。
 この辺出身の人にとって、夏の思い出は海にしろ川にしろ近い所で一日中…毎日毎日遊んだものかと思います。

 飛鳥の子や五郷の子は大又川、井戸の子は井戸川、有馬の子は産田川、泊の子は海と宮川…などということです。
 昨日も書きましたが、子供の数が激減していますから、水浴び場も寂しい光景になってしまいました。
 それに、井戸川などでは、元々「水浴び場」だった所の川の様相が変わってしまい、農業用の堰で造られていた深みが消えて遊べなくなっています。
 産田川も産田神社の横の水浴び場が埋まってしまい、浚渫したかったようですが、農業者から「田圃に入る水がにごる」と言うクレームで駄目になったそうです。

 少なくなったとは言え、子供たちの大切な「故郷の思い出」の一齣を作る機会を減らすのかかわいそうですね。
 よそからじいちゃんばあちゃんの所にやってくる「都会の子」にとっても、「田舎の思い出」を造る場所でもあります。
 そのために、水浴び場に続く道は昔から夏になると綺麗に草が刈られていたのです。
 今年もきちんとあらけられています。
 お盆に帰ってくる「熊野の血を引く子供」を待っているようです。
d0045383_10375368.jpg





 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-07-31 10:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/16535740
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 今夜は竜宮さん      熊野の旅 想像以上にひどい・・・  >>