LUZの熊野古道案内

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2012年 07月 17日

熊野の旅 だから怖い中電

 熊野市は中部電力の原子力発電所の候補地でした。
 全国に候補地が設定されたときに、「井内浦」と言う、ほとんどまっすぐ外海にさらされたような小さな入り江が候補との丸印がついたのです。
 遊木町や新鹿町などの海岸線を中心にした漁民が立ち上がって反対運動をしました。
 中電の方は金を惜しまず切り崩し工作をしました。
 あの頃の熊野市民は随分タダ旅行を楽しんでいましたね。
 反対を表明した人でも、「行かなきゃ損だ!」とばかりに、「カニ鍋」など食べに行きました。
 そして、旨く行かない感じになっても、大泊に工作員を常駐させていましたね。
 
 25年ほど前に、熊野市議会が「原発研究費」などという補正予算を可決して蒸し返そうとしました。
 いつの場合でもそうですが、こうしたことでも推進1/3、反対1/3、どうでも良い1/3のようは形でした。
 これを議決したその日に「立候補宣言」したのが私が議員になる始まりでした。
 私が熊野に帰ってきていることすら知られていない状態でしたが、夕刊のローカル紙に大きく「原発反対で立候補表明」と記事を出してもらいました。
 推進派で発案者の地盤と私の出身地が同じで、選挙になれば厄介になるから抑止効果もあります。
 その本人は筋金入りの推進派ですから、それくらいではひるみませんでしたが、賛成起立した中間派が慌てふためき、6月に議決したのに9月には凍結決議しました。
 議会は思惑通りにストップ掛けられましたが、根っこを絶たないと中電が熊野組しよしと思います。
 親戚などには「推進議員も同じ姓の親戚だし立候補をやめろ」と言われましたが、事が事だけにそういうことには出来ず議会へ…
 そして、当選するとすぐからことあるごとに市長に迫り、「原発は作らない」と正式発表もさせました。
 それでは、まだまだ中電と通産には効き目が無いので、「候補地の丸印を消してもらって来い」とうるさく迫り、全国最長不倒を誇っていた市長に中電まで直に「候補地返上」を申し込みに行って貰いました。

 地図の上の丸印…
 たかが印…
 でも、この丸印は消えないのです。
 面子に掛けても消さない物です。
 でも、丸があればやっぱり候補地なんです。

 そして…
 さすがに大物市長…
 「熊野原発」の印が消えました。
 長年駐在していた工作員も引き上げてゆきました。
 反対を旗印に当選した私の所にもすぐに挨拶に飛んでくるほどまじめに工作していた人でした。
 これでも、安心しきったわけではありません。
 「芦浜」とか「日置川」に作られれば怖いですからね。
 原発事故の直前にも現市長に原発の是非を正式に問い、「原発は作らない」と言わしめるほど警戒を緩めずにやってきましたが、それほどに原発とそれを取り巻く業界は怖い所なのです。

 今度の、政府がやっている公聴会で、中電の社員が意見を述べ、挙句の果ては「今度の事故で放射能による死者は居ない」などと、恐ろしいことを口にしたそうです。
 九電のときにはじまり、このような会には必ずサクラの電力一家が入っているのです。
 東電管内もそうでしたね。
 今回の中電社員の発言は彼らの根底にある考えなのです。
 「日本の電力を守る」と言う使命感がおかしな方向に向いていることにも気づいていないのです。
 まるで、戦時中の日本軍のような有様です。

 熊野は何とかかわしましたが、市民が本当に自覚しているかと言うとかなり疑問です。
 今は事故のすぐ後ですから「熊野には出来なくて良かったねえ」と言っていますが、どのようにして消えたかなんて考えもしません。
 自然消滅なんて有り得ないのにねえ…

 「井内浦」は狭くて二基くらいしか座らないし、津波も危ないし、断層もあるはずだし…
 でも、どこにも作れなくなったら、考えの甘いところ、万一のときにも犠牲者の少ない所に持ってきますからね。
 世の中ってそんなものですよ。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-07-17 10:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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