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LUZの熊野古道案内

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2012年 07月 16日

熊野の旅 新宮と木本 木本と尾鷲

 紀伊半島の南の方には三つの「市」があります。
 新宮市・熊野市・尾鷲市です。
 この中で、旧市制時代からの市は「新宮」だけです。
 熊野市と尾鷲市は昭和の大合併で無理やり3万人のラインをクリアーして市になったのです。
 一般に「新市」と呼ばれた物です。
 一度「市」になれば、人口がいくら減ろうとお取り潰しにはなりません。
 熊野市などは人口2万人を切っていますし、北海道の炭鉱の町などでは30年も前に1万人を切った「市」もありましたからね。
 かたや、人口7万とかの「飛島村」なんてのもありましたしね。

 「市」になると、色んな行政部門を自前で計画実行できます。
 「村」や「町」だと、県事務所と言うのがやってくれます。
 縛られると言えば縛られる、しかし、県に任せて文句だけ言っていれば良い…と、言うことにもなります。
 だから「飛島村」は自治省の意向を無視して巨大な村であり続けたのです。
 まあ、トップを始め住民も、「村民・町民」と言うより「市民」の方が心地よいようです。
 町長より市長の方が給料も高いし、議員でも町会議員より市議会議員のほうが報酬が高いのが通例です。
 昔から三重県の一番下を目安にしてきた熊野市でも隣の御浜町よりはるかに高かったですからね。
 建設だとかの部分での権限と業務が少ないとはいえ、町村議会議員って、学生アルバイト以下とも言える報酬ですね。
 とても専業ではやってゆけない物です。

 新宮市は旧市ですから、この辺では兄貴分です。
 旧市になれる位ですから、古くから町の大きさが違います。
 小さいとはいえ「新宮藩」の城下町でした。
 熊野詣の客も必ず立ち寄る所でした。
 熊野川を流してくる「筏」の終点でした。
 その材木を目当てに製紙工場もありました。
 紀勢線が全通する前には事実上の紀勢西線の終点でもありました。
 その先の「紀伊木本」まではローカル線的でしたからね。
 こんな風に、紀伊半島南部の中心が新宮で、街中だけではなく、近隣の三輪崎・佐野・宇久井はもちろん、明治に切り離されて度会県になった三重県側の鵜殿、井田、尾野谷、阿田和、尾呂志、神志山、有馬、木本…そして、川の上流の本宮、十津川、紀和、下北山などものすごく広い範囲の中心だったのです。

 木本も紀勢西線と巡航船の乗り継ぎ場所、国鉄紀南線の乗継場所として栄えたのですが、規模が違うのでどの時代も新宮が兄貴分でした。
 25KMしか離れていないし、道筋は熊野川を渡る以外は平坦な浜街道ですから、新宮に行くのには汽車酔い、車酔い、船酔いの心配も無いです。
 結構古くから「軽便鉄道」も出来たし「乗り合いバス」も走ったくらいです。
 高速道路ほどではないですが、ストローにもなりました。

 私が小さい頃は、木本の人も、大きな買い物とかお出かけ気分の時には新宮へ出かけた物です。
 その頃の新宮の丹鶴町・仲ノ町なんてのはものすごい賑わいでした。
 市内循環バスなんてのを見ると、「都会だなあ」思いましたからね。
 最近もこのバスが走っていますが、意味合いが少し変わったようです。
 大勢の客が見込めるからではなく、福祉的な意味合いが強いようです。
 と言うことで、兄貴分の新宮も随分老けちゃいました。
 中心部はご多分に漏れず、お店やさんがなくなっていますね。
 あちこちのあった、うどん屋的な食堂もないし…
 
 最近は木本の人も新宮へ買い物に行く人が少ないようです。
 出かける時も、新宮は新宮でも、大型ショッピングセンターに行くのが目的になり、新宮の街中には入らないようです。

 尾鷲も隣の町なのですが、間には矢の川峠とか難所があったので同じ紀州とはいえあまり交流はありませんでした。
 熊野は三重県ですから県庁とかに出かけることもあるし、名古屋や東京に行くにも尾鷲は通ります。
 でも、ほとんど通過するだけですし、尾鷲の人にとってはこちら向きに用事があるなんてことはほとんどありません。
 色んな条件で、行政的には色々あるようですが、一般人には遠い隣町ですね。
 漁港のしっかりしている尾鷲なので、尾鷲に揚がった魚は店頭に並びますけどね。

 この各町の孤立化は高齢化のせいもあるでしょうね。
 何かをタイアップして行うなんてのも無いですね。
 県知事は和歌山・三重・奈良の三県サミットなんてのをやっていたのですけどねえ…
 それの成果が「世界遺産」なんです。
 でも、集客にタイアップする気持ちはほとんど無いですね。
 若い人は「熊野の遍路道」より「スペインの巡礼道」が好みのようですね。
 「熊野古道」より「シルクロード」「アッピア街道」「インカの道」の方が楽しそうだし…
 下手するとそっちの方が安いのかも…
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 『紀勢西線湯川駅・昭和35年 オリンパス35S NEOPAN SS』
 この頃は湯川温泉も元気でした。
 ゆかし潟のそばで新規の泉源確保のボーリングをやっていました。
 まだ、全国では温泉は少なかったし、海外へ行くなんて夢に話しでしたからね。
 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-07-16 09:43 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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