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LUZの熊野古道案内

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2012年 07月 09日

熊野の旅 番外 鯛生金山

 小水力発電所のきっかけとなったのが、「鯛生・たいお金山」が持っていた自家用発電所ですし、この金山跡を博物館化して観光地としたことで利用できる施設があったからです。
 実用的と言うよりは実験的な物の性格が強いですね。

 「鯛生金山」は明治時代に発見され昭和10年頃とかは佐渡の金山を上回る産出量を誇ったそうです。
 発見は明治27年で偶然だったとか…
 すぐに地元や鹿児島などの出資者が集まり、明治31年(1898)に採掘が開始されたようです。
 いかにも明治らしいやる気と、まだまだうるさい官僚の介入が無かったよき時代が感じられる動きです。
 何度かの危機を乗り越えて昭和47年(1972)まで稼働したそうです。
 佐渡の金山の方が後まで残ったのかな?
 佐渡の方は私が訪れた昭和38年には本格的な採掘は止まっていて、三菱鉱業が細々とやっていたようですが…
 ここは住友系が入っていたとか…
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 見学路の一角に設置されたブラックライトの紫外線によって浮かび上がった金を含んだ鉱脈です。
 ここの金鉱は白色の物です。
 このような鉱脈を追って掘り進んで110Kmに及ぶようです。
 それに、ここの鉱山はしみ出す水で常に水没する傾向にあるようで、揚水・排水は欠かせないし、トロッコなどにも電気が欠かせないので自家用発電所を持っていたのでしょう。
d0045383_9542971.jpg

 ここは明治以降の近代鉱山になるので重機などの展示が多くなります。
 「地底博物館」として解放されているのが約1Km・・・1%です。
 模型によると、鉱脈を追って掘り進んだ結果でしょうが、等高線を引いたように坑道が地下に張り巡らされているようです。
 金は高価だから追いかけられるのですが、炭鉱のように厚い鉱脈では無いので追いかけるのも大変でしょう。
 矢鱈と坑道の大きさを広げることも出来ず…
 採算が合わないから採掘をやめたのですが、本当はまだまだ金は残っている訳です。
 たしか、大分では戦後発見された金鉱脈もありますね。
 日本は「ジパング」…「黄金の国」ですからね。

 この博物館は良い物です。
 訪れた人は感心するでしょう。
 でも・・・
 中津江村まで入ってきてくれる人を増やすのは大変でしょうね。
 カメルーン効果も薄れて行くでしょうしね。
 田舎の観光地の難しさです。

by je2luz | 2012-07-09 10:20 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
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