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LUZの熊野古道案内

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2012年 06月 23日

熊野の旅 高波と潜堤

 熊野市の木本海岸には「潜堤」と言う海面下に築かれた堤防があります。
 海底から積み上げてきて、海面の2mほど手前で止めてあります。
 つまり、外から見た時には何もないように見えます。
 小型のボートなどは座礁しませんが、まともな船は底がつかえちゃいます。
 この場所は港湾に指定されているのですが、船が近づく場所では無く、砂利浜の波打ち際200mほどのところです。
 漁船などのために目印のヴイが浮いています。
 十数年かけ、昨年ようやく出来上がりました。

 目に見えない堤防ですが、波を殺す力はかなりの物です。
 このような外海での実施はここが最初と言うことで、水槽実験が行われ、耐久性と効果が確かめられた物です。
 ここが完成する前に、このデータを使って常滑で建設されたようです。
 熊野の海で作れるなら、常滑ならうんと優しいですからね。

 なぜ海面から見える形にしなかったか・・・
 これには国立公園も影響しています。
 木本漁港の建設でもこれが影響してコンクリートに色を塗ったりしたのですが、「景観保護」と言うことです。
 海面から突き出す物はほとんどテトラポットを投入して築きますから、工費は安いようです。
 それに引き替え、ここの潜堤はブロックを慎重に組み合わせるように積み上げるのでさばけにくい分工費も掛かりました。

 目に見えない堤防なので、あることも知らず、当然、効果など知らない人がほとんどです。
 しかし、この効果はかなり大きいです。
 潜堤の工事が始まって、徐々に完成区間が伸びてきて、我が家の前まで到達した頃には木本のほとんどをカバーしたのですが、それ以来、我が家が揺れるのは地震の時だけになりました。
 以前は、そんなに大きな台風で無くても、波が堤防の近くまで来る時には波頭が崩れて浜を叩く衝撃で家が揺れました。
 そして、堤防に当たると、ものすごい衝撃で揺れるのです。
 寝ていても目が覚める衝撃でした。
 しかし、潜堤が出来てからは、浜の上の方まで来る時も、潜堤で砕かれて上層部だけが走るので衝撃は減ります。
 そして、波が到達する高さも低くなります。
 堤防にぶち当たる波は無くなりました。
 つまり、我が家が揺れなくなったのです。

 残念ながら、こうした物のデータは数値化される物でも無く、一般には分かりません。
 この海岸線に住んでいても、災害とかに興味のある人以外は、気がつかないのです。
 どこでも同じですが、災害の教訓なんて忘れちゃう物ですからね。
 私達の年代なら体験したはずの「伊勢湾台風」でさえ、この辺がどれだけやられたか覚えている人がほとんど無い位なんです。
 だから、それに至るまでの高波の大きさなど覚えては居ませんね。
 それだけに、こうした対策の効果も分かって貰いにくいです。
 
 分かって貰うことより町を守ることの方が先ですから、巨額を投じた工事をやって戴きました。
 「木本新堤防」の計画発表から四半世紀…
 その不備を指摘して活動したのも四半世紀と言うことです。
 ようやく、木本…熊野の中心街を高波からは守れるようになりました。
 私のライフワークだったみたいです。
 でも…
 これまでやっても「津波」には勝てません。
 昭和19年の東南海地震と同じなら木本に関しては問題ないのですが、今出されている最悪のシナリオだと…
 残念ながら、逃げるしかありません。
 町の人全部を逃がす時間はありません。
 祈るしか無い状態です。
 人力・人知なんてこの程度までですね。

 まあ、台風の時に家が揺れ、身の危険を感じることが無くなっただけましでしょう。
 まだまだ、樋門の閉鎖など課題は残っています。
 町の安全より、滅多に行きもしない浜の散歩を楯に閉鎖に反対する人が居るので困ります。
 津波は100年に一回か1000年に一回には違いないのですけどね。
 樋門閉鎖は目に見えるので勝手に実行することも不可能です。
 でも、早くしないと…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-06-23 11:07 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
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Commented by 曽野比  庫志 at 2012-06-26 16:27 x

ほんとうに、歴史に残る事業ですね。ごくろうさまです。
以前阿田和海岸で、海にテトラポットを
沈める大きな工事がありましたが、
台風が来て頓挫したような記憶がありますが
正確なところはわかりません。
紀宝町も昔、堤防が高潮に洗われ、
前につんのめるように傾いてしまったことがありました。
いったい、どんな工事をしたのか、
工事費は返納して欲しいと言う人もいました。
木本はもともと海抜が10mありますが、
紀宝町、とりわけ鵜殿は海岸で約4m、
町中で3mの所がありますね。
ま、ほんとうに1000年に一度なら良いんですが。。。


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