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LUZの熊野古道案内

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2005年 08月 22日

熊野の旅 番外 人間空海 真井御前

 真井御前(まないごぜん)は空海と31~32歳違いの若い、甚くかわいい女性であったようです。
 淳和天皇に見初められた後宮に入られたのが二十歳の時、寵愛を一身に集めたそうですが、宮中のやきもちやいざこざに嫌気が差して甲山に移ったのが26歳の時とされています。826年ごろですね。そして828年に空海を招いて如意輪の秘法を授かる修行を17日間にわたって行っています。更に、830年に空海は真井御前に阿ジャ利位潅頂という最高の位を授けています。そして、今でも神呪寺の秘仏として残る『如意輪観音』を作らせたといいます。空海の願いで、この観音様は如意尼いや真井御前そっくりに作られたそうです。
 そのあくる年の大殿の落成法要に訪れたのが空海と如意尼(真井御前)の最後の出会いであったそうです。その時空海は61歳還暦を越え、自分の死期を悟っていたそうです。時に真井御前は30歳くらいです。
 高僧として世の中を導かなくてはならない立場にあり、真言密教の開祖として多忙を極める中、更に高齢期の入った空海にとって、甲山への行脚はかなりの無理を押してのことかと思います。
 自分の死期を悟り、はるか海越しにかすんで見えるとは言え、甲山を降り、高野に向かう空海の胸中はいかばかりであったでしょうか。修行した高僧とは言え、人の心を持ち、命を削ってまでも甲山に足を向けた空海は人間として最高に尊敬できると思います。
 高野に帰った空海は生きながらに仏になるため地中の室に籠り入滅されました。
 如意尼(真井御前)はその一年半後に空海の後を追うがごとく33歳の若さで世を去りました。この境内から見える高野の方向に向かい如意輪観音の真言を唱えながら息を引き取ったそうです。
 ある意味では破戒坊と天皇を裏切った女性の愛かもしれませんが、日本史上最高の愛の形かもしれません。この心あってこその『弘法さん』なのではないかと思います。
 ここ西宮・甲山・神呪寺はあくまでも明るく、すがすがしいお寺です。鐘楼からは晴れていれば高野と対面できます。

かめらは ミノルタα7700i・コシナワイドズーム

by je2luz | 2005-08-22 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by いぬかいいくこ at 2009-03-06 13:44 x
如意尼について特に空海とのお話参考書教えてください
Commented by je2luz at 2009-03-07 15:10
 表面?公式の師弟関係に関しては色んな書籍にありますね。
 裏の面に関しては、タブーに近いもので、外伝として伝えられてきたようです。
 少し前には神呪寺の裏HPのようなものにも書かれていたのですが、そのHPも見当たりません。
 外に出てくるのは、古代ユダヤ人が日本に流れてきた・・・と言うような歴史を解く人「月海黄樹」なんて人も書いているようです。
 NET小説?では「散桜色」なんてのにも取り上げられていますが、やはり公式には、「弘法大師」の『破戒』ですからねえ・・・ 
http://toukaen.fem.jp/syosetu/sakura/manai/manai1.html
 でも、その方が空海の魅力が増すように思えます。


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