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LUZの熊野古道案内

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2012年 06月 07日

熊野の旅 熊野川 VS 新宮川 3

 熊野川と熊野市の関わりはその土地の成り立ちからして切っても切れないものです。
 熊野川の源流の一つが大又川で市内の山間部に発して居おます。
 そして、山間部全域がその流域です。
 海岸線…熊野市の中心部の有馬・木本は熊野川が紀伊山地を削って押し出してきた石を波が運んだ砂利浜にあります。
 熊野川は急流の暴れ川です。
 日本一の豪雨地帯にある川ですから当たり前ですけどね。
 この流れの急な川だからこそ「ダム」を乱造出来たのです。
 ゆったりした川だとダムの水がずっと上流まで溜まってしまい数が作れませんし落差も稼げません。
 かくして、ダムだらけになったのですが、このダム群は「治水」など考えたものではありません。
 大都市からも遠いので「利水」も関係ありません。
 ひたすら電気のためのダム造りでした。
 十津川の上流では一部を分水し「紀ノ川」に落としていますし、北山川の上流では「尾鷲」に落としていますが、熊野川水系のダムは分水の少ないものです。

 ダムの弊害一つは、土砂をせき止めてしまい下流や近辺の海岸線に砂利の補充が無くなると言うことです。
 これは土地の形成の根本に関わることです。
 木本などのある七里御浜は熊野川が洪水の度に押し出してきた土砂で出来たものです。
 「熊野川総合開発」が立案される時にこのことを主張し、明治の十津川水害と浜の関係も考察して、「ダムを造ると七里御浜が痩せる」と主張した東京農大の先生も居たのですが、当然そうした声は無視され、「影響なし」という答申を出す「御用学者」のお墨付きで作ったのです。
 あとは、原発ほどではありませんが金で人心を動かして判を押させたのです。
 この経緯は、熊野市役所に偶然残されていた当時のメモだとかで確認できました。
 国はダムと海岸浸食の因果関係をずっと認めませんでした。
 かろうじて「影響無しとは言えなかった」と認めるようになってもダムの撤去など考えもしません。
 人力では止められない浸食に細々と抵抗しているのです。
 ダムの運用も水利権のことがあるので及び腰です。
 一時期、国は「原発があるから水力発電はお荷物だ」なとという始末でした。
 その要らない水でも電源開発には財産ですし、法律でも守られているので、洪水調節はお情けに頼るしか無いのです。
 ダムの実態とか流域の水量なども電源開発任せ…これも、原発同様の構図なのです。
 もちろんこの会社も通産官僚や建設官僚の天下り先です。
 二十数年前、熊野市議会に設置した「熊野川水系特別委員会」で調査、折衝して国策会社の強さを実感しました。

 それでも、今回の水害では無視できなくなって、運用基準を緩めてきております。
 でも、自主基準ですね。
 おそらく運用は現場に委任されるのでしょう。
 官僚的体質の会社ですから責任逃れが先に立たなければ良いのですが…
 もっとも、運用しても昨年の台風12号のような2000mmなんて豪雨には逆らえませんね。
 所詮人間が作ったものです。
 頑張って運用してくれても、ほんの少しの鎮痛剤程度でしょう。
 新宮に「浮島」を作った熊野川です。
 「浮島」が天然記念物で観光地だったこともありますが、うれしい贈り物では無く、熊野川の怖さを教えてくれる置き土産なのですけどね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-06-07 12:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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