LUZの熊野古道案内

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2012年 05月 23日

熊野の旅 近代土木と古来の土木

 台風12号ではものすごい数の山崩れや道路の崩壊などが起きました。
 その被災箇所を見ると、戦後になってから作られた構造物も昔に作られたものも被害の発生はあまり変わらないように見えます。
 コンクリートを多用し、重機なども使い出した頑丈そうな石積みも、セメントなど全く使っていない空積みの石垣もその工法でものすごくは変わらないと言うことです。
 井戸川沿いの県道の護岸などは比較的新しいものですが、石垣の根元がきちんと深くまで掘り下げられていないので、足元がえぐられて崩落したり、宙に吊ったりしました。
 大又川でも結構新しい市道が完全に崩落したり…
 よく言われるのは、コンクリートで固めた石垣は裏側に水が溜まって、その圧力で一気に崩壊する…だから、水抜き穴をきちんと作っていないとだめだ…と、言うことです。
 今回の場合は単純にそんな要素で無いものがほとんどだったようですが、以外と近代工法が強くなかった…と思えるくらいです。
 ものすごく新しいものは持ちこたえているようですけどね。

 自然石をほとんど加工せず、そのまま組み合わせて積み上げて行く石垣が田圃などでは多い物です。
 私が子供の頃にはどこにでも地元の石屋が居たものです。
 大きいのや小さいのや色んな「ゲンノウ」と「バール」を使って、自然石を少しだけその場所に沿うように加工して積み上げていました。
 チェーンブロックなども無く、黙々と手作業でやっていましたね。
 日傭賃は他の仕事より良かったようですが、まさに重労働でした。
 こうした、どこの集落にでも居た「田舎の石屋」は重機時代、コンクリート見地石時代になって急速にいなくなりましたね。
 困るのは、畑の隅や田圃の岸が壊れたときの補修です。
 土建屋を頼むほどでも無し…でも、素人では直せない…
 そんな場所もあちこちにありますね。

 そうした昔の石垣の典型が「棚田」でしょうね。
 一部では崩れたときにコンクリート見地石に換えられたところもありますが、積まれたのが昭和やら明治やら江戸時代やら判らない石垣が積み重なっています。
 それがきちんと耕作を続けていれば崩れないのです。
 耕作放棄して、田圃の床が抜けたりするといくら水を逃がすように作った空積みの石垣でも崩れます。
 何百年も掛かって開墾し、その何百年もの間、地元の石屋が黙々と補修してきたのでしょうね。
 私などには見慣れたものです。

 かつて。熊野市の観光キャッチフレーズに・・・「神々と石垣の郷」てえのがあったように思います。
 西地市長の時かなあ???
 それともその前の坪田市長の時かなあ???
 熊野市はまだ4代目の市長ですから…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-05-23 09:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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