LUZの熊野古道案内

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2012年 05月 13日

熊野の旅 百姓と災害

 日本の百姓は農耕が始まってからずっと災害との戦いだったでしょう。
 「瑞穂の国」であり、大陸方面に比べ「水」には恵まれてきました。
 そんな日本でも、その「水」に泣かされることも度々でした。
 「干ばつ」なんてのも幾度となく起きていますね。
 今で言う「空梅雨」ですね。
 稲作中心なので、冬のからから天気、春先の乾燥はまだましですが、梅雨時に水が無いようでは水稲は実りませんからね。
 干ばつは十年とか二十年とかごとに廻ってきたようです。
 今では、灌漑施設が良くなったし、「ポンプ」なんて近代兵器もあるので少々の雨不足は「凶作」にならないで済んでいるようです。
 稲作の方は耐えられる日照りでも、山の斜面に広がる「ミカン畑」は大変な騒ぎになります。
 毎年のように水不足が騒がれますが、ミカン畑に灌漑施設を作るほどミカン農家は儲かっていません。
 日照りの時には夜中中掛かって川から水を運んで居ます。

 水が不足していたかと思うと、一度前線が活発化したり台風が襲ってくると今度は「洪水」になります。
 雨が多く、雨に強いこの地方でも、400mmとかを越えてくると危なくなります。
 昨年の台風12号などは山間部で1200mmを越えるような降り方をしました。
 他所の一年分くらいですが、これも五日も一週間もかかって降れば何とかなるはずの地形です。
 平野が無いので川は急流で短時間で海に出て行きますからね。
 しかし、あの降り方では…

 こんな風に「水で生きながら水に泣かされる」のが百姓ですね。
 去年の大災害も水田関係の復旧を優先させたので今年の作付けに何とか間に合ったところが多いです。
 しかし、手の付けようのない農地も一杯でました。
 昔と違い、田圃の岸で個人のものは災害復旧から外されるようになっては放置せざるを得ないものも出ます。
 さらに砂や石が入り込んだ農地の復旧も個人の負担が必要な部分もあります。
 そして…
 一番ネックなのは、高齢化と後継者不在の問題です。
 まともな農地でさえ荒れようかという時代です。
 ことに山間部の効率の悪い耕地はなおさらです。
 70才を超してきたお百姓さんに、「農地を復旧して、もう一度頑張れ!」と、言っても気力も財力もありません。
 荒れ田は見かけだけ直してもまともな収穫は望めませんし、水田には戻りません。
 残念ながら、そのように再起不能になる農地が市内各地で見かけられます。
 今でも「河原」になっちゃった水田が惨めな姿をさらしています。
 砂と石ころだけになってしまい、しばらくは雑草すら生えない状態ですからね。
 そして、そうした農地のある地域では少しずつ廃屋も増えて行くのです。
 「田舎で暮らそう」・・・「空き家の利用」…なんてレベルの話では無いですね。
 日本の人口が8000万人になる頃、日本には「田舎」も無くなるのかも知れません。
 山田・段々畑などは学者や文化人の言う「農地集約」の対象になりません。
 千枚田なんてのも、「観光」と言う名の保護行政で残っているだけなんです。
 あと20年もすれば…
 熊野でも山間部には人が居なくなるでしょう。
 日本の田舎が自然に帰っちゃうのでしょうね。
 でも、その日本の自然は数百年前から手を加えて維持してきたものなのです。
 人の手を離れて、バランスが取れるようになるまで、数百年は下流域の平野部でも災害が多発するでしょう。
 悪いことに「南方型」の豪雨が増えるはずですしね。
 でも・・・
 上流の方は町からは見えないんですよね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-05-13 10:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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