LUZの熊野古道案内

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2012年 04月 29日

熊野の旅 なんだかなあ… 2

 先ほど買い物に行く途中で鎧甲に身を固めた男たちと、一寸時代がずれているような、さも「熊野詣風」の旅装束の女との集団が歩いていました。
 鎧からすると平家の公達では無いですね、
 朱胴の鎧ですが、たいした武将という訳でもなさそうだし…
 背中に「旗指物」が付いていて「松阪勝手何とか…」と書いてあったように思います。
 写真を撮ってブログネタにするのが普通でしょうけど、恐ろしくこの地にそぐわない集団なので撮る気にもなりませんでした。
 見かけた人に言わせると、熊野在住の「文化人」?、「芸能人」?「アーティスト」?も入っていたのでは無いかと言うことです。
 芝居の宣伝かな?
 補助金をばっちり持って行って仲間内が愉しむようなことをやるので私は嫌いな集団ですが、それがかんでいたのなら撮らなくて正解でしょう。

 ローカル紙には載るでしょうけどね。

 ここの豪族は「多蛾丸」という海賊の元締めでした。
 どれほどの悪さをしたのか知りませんが、征夷大将軍「坂上田村麻呂」に退治されちゃいました。
 それ以降は大名になるほどの勢力を持った家も無し…
 争乱の度にあちこちの村から出兵したようですが、敵味方バラバラ…
 落人をかくまった記録もあるようですが、武将が武将らしくしてここに居たことは無いでしょう。

 なんだかなあ… という感じです。

 ここに似合うのは…
 ふんどし一丁の男衆
 つんつるてんの着物で裾よけ?おこし?が衣装の一部と言った女ども
 真っ裸で走り回るガキ
 刀を差したのは「奥熊野代官所」のお代官様
 もし鎧を着ているなら、元結いを切ってボロボロの落ち武者…
 だと思いませんか?
 格好良いのが来たとしたら、征服者とかいじめに来る連中でしょう。

 イザナギ・イザナミはヤマトタケルのような出で立ちだったでしょうか?
 その時代にはここも国の中で重要だったし、重要人物も居たでしょうけどね。
 でも、あんな時代のまっすぐな刀が伝わっているという話も聞きませんね。
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 ここで火之神が生まれたのだそうです。
 でも、お袋さんが焼け死んだからと言って、親父さんがその火之神を殺しちゃったとか…
 今はやりの事件が神話の時代にこの有馬で起きたのですね。
 ???
 所で…
 火の神様を殺しちゃって、日本はどうなったのでしょうね?
 そんなにどうでも良い神様なのでしょうか?
 私って皮肉れていますね。
 でも、不思議ではありませんか?

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-04-29 12:19 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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