LUZの熊野古道案内

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2012年 04月 24日

熊野の旅 熊野と出雲

 出雲の国は大和の国とは違う民族、違う文化だったとも言われるようですね。
 「縄文字」なんてのがあったとか…
 縄文字は南米の方にもあったとか…
 他にも「隼人」もヤマトでは無いとか…
 もちろん「アイヌ」は別ですしね。
 あきらかに容姿の違うアイヌを除いてはごちゃ混ぜになっていったようですし、それが大陸の方の国のようなややこしい民族紛争のない国を作ったのでしょう。
 そのおおらかさはいい加減さにもつながるのでしょうけどね。
 渡来人もどんどん受け入れてきたのだし…
 なのに…
 近世になってからおかしな事になったようですね。
 「鎖国」に続く「明治維新の開国」で、偏った愛国心?を煽ったからでしょうか?

 出雲国も神の国ですね。
 なにしろ、十月には「山の神」を除いて日本中の神々が「出雲」に集まっちゃうのだそうですからね。
 「通常国会」なのでしょう。
 集まるところが「伊勢」でも「丹後」でも「淡路」でも無いのが面白いですね。

 その出雲にある「出雲大社」の「大阪分祀」という団体が「熊野信仰」を取り入れているようです。
 「花の窟神社」には年に二回でしょうか、団体でお参りに来ます。
 「お綱掛神事」とは別に独自の行事をやっているようです。
 宗教団体としては新しいようですけどね。
 新宮の「神倉神社」のそばにもこの団体と同じような団体の教会?があったように思います。
 この「出雲大社大阪分祀」と「熊野」の関係については何も聞いたことありません。
 最近では、花の窟神社へのお参りの日には地元の人たちが大きな団体と言うことで接待をしているようですけどね。
 バスから自家用車からで、有名な「お綱掛神事」より多いくらいの人が参拝しますからね。
 何しろ「宗教団体」ですから、単純に「観光客」として扱う訳には行きませんね。
 それだけに、一杯来ている割に中味などは報道もされていません。

 こうしてこの団体がやってくると言うことは、神話の世界では結びつきがあるのでしょう。
 私にとっては、日本の神話の世界は神様の名前からして日本語とは思えないくらいですから全く分かりません。
 言葉の方も、日本人のいい加減さで「ヤマト」が征服していった割に「大和言葉」を押しつけないで変わっていったのかも知れませんね。
 そのいい加減さの典型が私でしょうけどね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-04-24 10:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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