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LUZの熊野古道案内

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2012年 04月 10日

熊野の旅 木本港災害復旧

 半年ぶりに木本港災害復旧に手が付けられました。
 ものすごく重要か?…と聞かれると少々首をかしげる港なんですけどね。
 漁協も合併したしここを基地とする船は事実上無くて、大敷網の水揚げ場所の一つという位置づけになってしまったからです。
 元々、「脇の浜」と言われる、鬼ヶ城の磯が七里御浜とぶつかるほんの少しのへっこみで、入り江でも無かった場所です。
 かつては二十艘を超す漁船があり、親地町という漁師町には人があふれていたのですが、沿岸漁業の衰退と共に船が減って行きました。
 その船が無くなる頃に作られたのが今の木本港木本漁港区岸壁なんです。
 立派な突き出し防波堤と狭いながらも頑丈そうな船着き荷揚げ場fが作られています。
 
 この船着き場は砂利浜の終点に人間が作った入り江です。
 海が荒れ、砂利が動くと一晩で埋まってしまいます。
 砂利が減ってきているとは言え、まだ七里御浜には膨大な量の砂利があります。
 毎年のようにサルベージ船で浚渫を繰り返してきたのです。
 そして、昨年の12号台風では浅くなったどころでは無く、以前にも写真を載せましたが丘になっちゃったのです。
 サルベージが近づけないほどだったので、今は丘の上からの除去に掛かっています。
 キャタピラーの付いたダンプカーでぼちぼち運んで木本海岸の堤防寄りの浜を太らせています。
 今は台風12号が大量に砂利を動かしたので木本周辺は浜が広がっているので、運んだところはかなりの台地状になっています。
 ダンプカーにして何千杯ですが、こんな量の砂利は波にとっては苦にもならない量なんです。
d0045383_10135579.jpg

 人間対自然…
 勝とうというのが無理です。
 でも、今の漁業では砂利浜から船を出すなんてやって行けないんです。
 それなら、使いL場所を一緒に使えば良いのに…
 今でこそ道路が出来て3K先、10Km先の港まで通勤できますが、昔は陸には道すら無かったのです。
 だから、七つの集落があれば七つの漁協が出来たのです。
 地続きで他所から見れば同じに見える木本と有馬でさえ、昔からもめ続けで、奥熊野代官所ではその調停に大忙しだったようです。
 
 仕事は命がけ…漁場を守るのも腕っ節…
 そりゃあ漁師は気も荒くなったでしょう。
 近代化され漁協も合併し…
 段々漁師もおとなしくなっちゃったんでしょうね。
 それに、ぶいぶい言わせるほどの若いあんちゃんも減りましたしね。

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-04-10 10:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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