LUZの熊野古道案内

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2012年 03月 30日

熊野の旅 春 七里御浜 地引き網

 昨日に引き続き、消えてしまった春の風物詩です。
 
 海の方では、春先になり、鰯が獲れ始める頃になると「地引き網」が引かれました。
 漁としては春だけでは無いのですが、鰯の季節が一番目立ちましたね。
 それに、子供の頃の私が浜で眺めるなんてのは、季候の良いときしかありません。
 穏やかで。「ひねもす のたり のたりかな」なんて詠まれるような海が似合う漁法です。

 大敷のように網を張ってどっしりと待ち構えるで無し、巻き網や棒受け網のように魚を追いかけ回すでも無し…
 堤防に見張りを立てておき。鳥が騒いだり、海面が縮緬皺のようにざわついたりしたら仲間を呼び寄せて船を出し、魚の群れを取り囲むように網を張る。
 網の両端のロープをろくろで巻き取って引き寄せて浜に引き上げて魚を捕る…
 何とものんびりした漁法です。

 まあ、こんな漁法ですから今の近代漁業には向きませんね。
 どこでも、半農半漁と言われる形態の所で、海岸が砂浜や砂利浜の所です。
 と、言うより…
 そうしたところはこの漁法くらいしか漁師は出来なかったのでしょう。
 だから、時代が変わると、小さな農家でも食えない、たまに出るような漁業でも食えない…と、言うことで成り立たなくなったのだと思います。

 以前だと、この木本だけで二統の地引き網があったのです。
 この地引の漁業権は「潜堤」の工事のときに買い取って消滅しています。
 今から二十年ほど前ですが、その時にはすでに網は引かれていませんでした。
 いわゆる「観光地引」としてたまに引かれた程度でしたからね。
 有馬でも口有馬、釜の平、志原尻などにありました。
 松原に木造の和船がおかれ、網が積まれていつでも出せるようになっていました。
 魚の群れが来たときが漁期なんですからね。
 そして、魚が来ても気がつかなかったり人が集まらなかったり、集まっても通り過ぎていたら駄目なんです。
 網を巻き上げる関係でそんなに場所は動けません。
 漁漁権の問題以前の構造の問題ですね。

 海岸の風物詩…
 「松原遠く きゆるところ…」 何て歌も実感が無くなったし…
 「我は海の子 白波の…」なんて子供も見かけません。
 それでも、七里御浜はもう春です。
 店先には「小イワシ」が並んでいます。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-03-30 10:42 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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