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LUZの熊野古道案内

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2012年 03月 29日

熊野の旅 春 大又川 舞ウグイ

 熊野市の山間部を流れる「大又川」は上流部では国道42号線、下流部では国道309号線と平行に走ります。
 清流で流れも速い川です。
 源流からすぐだというのに「渓谷」という感じではありません。
 かと言って大きな川と言うほどでもありません。
 昨年の台風12号では大暴れをし、橋を何本も落とし、護岸を至るところで崩し、田んぼを河原のようにしてしまいました。
 雨の多いところなので、人間もそれなりに棲み分けをしてきているのでこうした被害はあまり起きない川でした。
 しかし、近年では一旦雨が降り出すと川の水が増えるのが早くなっています。
 山が荒れて保水力が無くなっているし、山間にあった田んぼが廃耕田になってこちらも貯水力が無くなっているからです。
 それに加え、地球温暖化で台風は本土に上陸するまで発達を続けるという今までには無い気象状況です。
 何百年も掛かって築き上げた自然と人間の折り合い関係が崩れています。
 この清流「大又川」とて例外ではありませんね。

 大又川はこんなに南にあっても山間部を流れるので冬は厳しい気候になります。
 川岸の方が凍ることもあります。
 子供の頃には川面に氷が張ったのを見たことがあるくらいです。
 そんな川でも、春が近づくと一番にネコヤナギの花が咲き、土筆や蕗の薹が顔を出します。
 そして、4月に入り桜が咲き…
 本格的な春になると昔はもう一つ春の風物詩が見られた物です。
 『舞ウグイ』です。

 『舞ウグイ』とは、「鯏の産卵」です。
 ウグイが集まってきて浅瀬で輪を作ってぐるぐる回ります。
 背中は黒くなり、お腹は真っ赤になっています。
 周辺のウグイが集まってきて何百という数になり輪を作ります。
 産卵場所に選んだ場所は川底の苔ははげ、石はひっくり返って白く変わるくらいです。
 狂ったようにぐるぐる回り人が近づいたくらいではさばけません。
 恋に狂っているときは「ウグイ」だって「人間」だって同じなようです。

 私が子供の頃、この季節になると、川を毎日観察している人が居ました。
 山の猟師で川の漁も大好きだった「平次おじ」でした。
 山ではこの人に追いかけられたら猪でも鹿でもたまったものじゃ無い…と言われる腕前でした。
 この人のおかげで、子供の頃には「猪肉」や「鹿肉」にありつけた物です。
 子供にとっては猪肉などは匂いがあってあまりおいしいものでは無かったですけどね。
 この「平次おじ」が川を見張っていたのは。この「舞ウグイ」を見つけるためです。
 集まってきて騒ぎ出してから産卵を終わるまで二時間足らずですから、見張りをしていないと次の春まで駄目なんです。
 見つけると、「投網・とあみ」を使って獲るのです。
 「一網打尽」という感じです。
 だから、「ほぼ産卵が終わってさばける寸前に網を投げていたようです。
 それでも、今だと「資源保護に反する」とか言われる漁法ですね。
 獲ったウグイは串に刺して炙り乾かしていました。

 その頃の「舞ウグイ」…「ウグイの成魚」は大きな物でした。
 大きいやつは1尺・30cmを越しましたし、普通のでも6寸はあった物です。
 私が大人になってくるに従って川が農薬で汚染され魚が減ってきた頃には、数も減ったけど体も小さくなって行きました。
 舞ウグイになっても5寸・15cmがせいぜいなんて情けない状態でした。
 昔を知る人間から見ると、「未成年の不純異性交遊」みたいな感じです。
 数も少なくて惨めな輪でしたしね。
 盆踊りの吾が小さくなった頃と一致します。

 そして、農薬も毒性が減り、人も減って汚すことが減ってきたのですが小さくなった魚は戻りません。
 近年、子供が帰ってきたときなどに釣りをしても、こんなのが良く食いついた物だというような細かいのが上がってきます。
 悲しくなりますね。
 何かが狂ってしまったようです。
 見かけは同じでも、かつての大又川では無いようです。

 魚が減ったのは「平次おじ」のせいではありません。
 あの人が川に出なくなってから減って行き、小さくなったのですから…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-03-29 10:19 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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