LUZの熊野古道案内

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2005年 08月 16日

熊野の旅 番外 弘法大師と空海

 弘法大師と呼ぶと、全国津々浦々まで名前の通ったお坊さんのイメージですね。『弘法さん』『大師様』親しみを込めて呼ばれています。修行を終え、少し枯れた境地に達した感じです。
 空海と呼ぶと、若き日の遣唐使時代、帰国後の中央での法力合戦などの活動的ですが少し生臭いイメージが伝わってきます。
 空海に関しては四国に生まれ、天才少年であったこと、急遽遣唐使に加えられたこと、中国での修行がものすごく短期間で終わったこと、色んな事実が残りながら、結構なぞが多いようですね。
 都で押しも押されぬ地位を得ながら、高野と言う辺地に自らを置くに至った経緯は知りません。場所決めに法具を投げたら、高野の山に飛んで言ったそうですね。そして、落ちたところを本拠地として寺院を構えたそうです。
 空海=エスパー説がありますが、エスパーでなければ、道無き高野の山にそれを飛ぶものを追って登ることは不可能でしょう。その当時は原生林であったであろう高野の山に分け入れば空は見えなかったでしょう。それに、落ちた法具を見つけることは不能でしょう。
 まあ、鉢が飛んで行ったとか言う縁起もあるようですから・・・
 本来、密教系の教えを説く空海ですから、都の街中では本来の修行も出来なかったでしょうね。
 空海が高野に登る前には『人間空海』の伝承が残されていますね。弘法大師との間には大きなギャップのある人物像ですね。
 しかし、この生き方と悩み、煩悩の末にたどり着いたのが『弘法』の境地だったのかもしれません。
 ここ高野の森を人気の無い時間に歩くと、まさに『弘法大師』だけがそこに居られると思えるものです。日本一の霊場とされるだけのものが感じられます。
 薄暗く、誰も居なく、周りは戦国武将をはじめとする化けてでてもおかしくない霊が居るはずのお墓だらけです。それが、不気味でもなんでもなくなるから不思議な空間です。
 ぜひ体験されることをお勧めします。
 高野に来たついでにここと空海にまつわるところを次に紹介します。

カメラは ツァイス・イコンタ523/16・テッサー75mm

by je2luz | 2005-08-16 06:03 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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