LUZの熊野古道案内

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2012年 03月 01日

熊野の旅 鰤は??

 冬の大敷網と言えば「鰤・ぶり」です。
 切り身でも西洋皿をはみ出すほど大きくて、炭火で焼くと脂が燃えて火事のようになり…
 食べると9ほっぺたが落ちそう…
 何て物なのですが、今年は余り捕れなかったのかな?
 黒潮の流れる位置次第で大漁から不漁に変わってしまう物です。
 ハマチの養殖が成功し、稚魚の乱獲が行われるようになった頃から「鰤」の不漁が続いて居るのですけどね。
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 これは御浜町阿田和の大敷網です。
 このシーズンは余り忙しそうに働いている姿は見ませんね。
 大敷の漁師などは今は固定給があるようですが、昔だと捕れる年には「町一番の高給取り」になるし、不漁の年には「町一番貧乏」になるほどの暮らしでした。
 おまけに、天気予報は今ほど当たらなく、自前の勘で船を出したり網をあげたり…
 だから、こんな近海の漁でも命がけだったのでしょう。

 元同僚の大敷の網元がよく言っていたのは…
 「中途半端に鰤がのると、新聞に書かれるしさばいて配らんならんさか、えらいんじゃ。安うても、太刀魚とかトビウオとかがコンスタントに上がる方が有り難いぞ」 と、言うことです。
 大昔のように、浜に積み上げるほど上がれば大もうけでしょうけど、20や30だと消えちゃうでしょうね。
 昔からの習慣で、網元はマグロやブリが上がると、切り身にして配りましたからね。
 子供の頃に知り合いの網元から丸のままのブリが届いたのを何度も見ましたからね。
 町とか親戚とかがつながっていた、「古きよき時代」だったのでしょうね。
 隣の人が孤独死していたなんてあり得なかったのです。

 
熊野市周辺地図です
 

 

by je2luz | 2012-03-01 09:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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