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LUZの熊野古道案内

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2012年 02月 28日

熊野の旅 木本発祥の地 親地町

 木本は商業の町などと言われてきましたが、元々は漁場だったところです。
 漁師兼海賊みたいな物だったのでしょう。
 何しろ鬼伝説の本拠地、多蛾丸なんて悪いのが居たなんて言われるところですからね。
 でも、木本にとって大将多蛾丸は本当に悪い人だったのか???
 歴史って勝者が書く物ですからね。

 この木本はいつも書くように、下が砂利で井戸が掘りにくいです。
 そして地下水脈が深くてこれ又大変です。
 だから、川の近くにしか住めなかったところです。
 土地が乾くし、砂利のところは田んぼには成らないし…
 「サツマイモ」が入ってくるまでは作るものも無かったでしょう。

 そうしたところで集落が出来たのは木本の一番北の端、鬼ヶ城の磯にほんの少し守られた「脇の浜」とそこに流れ込む「西郷川・にぎごがわ」のところでした。
 今では「親地町」と呼ぶところ・「オヤイド」です。
 「オヤイド」は「親井戸」で木本の水の元になった所を表した物です。
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 このように擁壁でかためられた川が木本に人が住めるようになった元なのです。
 地質から言うと右側はずるずると勾配になった河川敷があったはずなのですが、狭い土地を有効利用するために昔から石垣を積んだりして狭めちゃったのでしょうね。
 どこの漁師町でも同じですが、町の中の道は狭く、屋敷も狭いです。
 今の建築基準法では家を建て直すことは不可能なところがほとんどです。
 それでも、築後20年とか30年とか言う家が建っていますね。
 柱や小屋物を運び込むのも大変なところに建てています。
d0045383_9575433.jpg

 ぶらりと路地裏に入って行き、歩き回ると面白いとは言えますが、住むのは大変だと思います。
 道幅1mほどで向かい合わせ、浦へは出られない…

 昔から木本では火事はないのです。
 今の人はさほど気にしていないようですが、昔の人は自分の家から火が出れば「木本が野になる」と、火の始末にはものすごく気を使った物なのです。

 ここは川があるし、海抜も低くなっているので予想される「東南海地震の津波」では危険地区になります。
 路地が入り組んでいるのは地元の人にとっては何ともないですが、建物が老朽化しているのと、人間も老齢化しているので避難する道と、人間が5分で高台まで走れるのか心配になります。
 若い人でもぎりぎりですからね。

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-02-28 10:05 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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