LUZの熊野古道案内

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2005年 08月 15日

熊野の旅 番外 世界遺産・高野山・奥の院

 奥の院の寺域に入ると、うっそうとした杉木立の中に時代を経た巨大な墓が立ち並びます。その間には小さなものも埋もれるように点在しています。
 この墓の群れは日本の歴史そのもののようなものすごいものです。
 若い人で『信長の野望』で遊ばれた方なら、あそこに出てくる戦国大名家が軒を連ねます。
 島津各家、鍋島、黒田、毛利、小早川、前田、徳川、豊臣・・・・藩の栄光を競い合うような壮大なものが多いですね。勿論、ここのお墓は本当のお墓ではなく分骨、遺髪などを納めたものです。この諸藩の大名家が金剛峰寺の檀家と言う訳ではありません。
 奥の院には弘法大師が即身仏として入滅されており、戦国の世は勿論、今日でも土の壁一枚向うに座しておられるのです。
 その弘法大師の膝元によれば、罪障も消滅すると言うことで、古くからそして日本中から集まってきたのです。営々と続くこの風習は現代にも受け継がれており、戦没者の慰霊塔が連帯ごとに建てられたり、立身出世した財界人が立てたもの、社員一同のもの・・・実に多様なものがあります。主なものには立て札が立てられております。歴史物でも片手に散策するのも一つの楽しみかとも思います。
 憎しみあい、殺し合いを重ねた宿敵同士が、ここ高野の山では肩を並べて眠っています。しかし、見方によれば死んでからも覇を競い合っているようでもあります。
 杉木立の中には最早墓所を作る余地が無く、新しいものは入り口付近に造成されて共同墓地的なところに並ばされている状態です。
 こうした苔むした過ぎの巨木と歴史を思い起こさせるお墓も、普段の高野山ではその重みの半分も感じられないと思います。
 高野山の朝は早いです。日が昇りきれば既に人の波になります。宿坊のお勤めも早いものです。朝の謹業に出て、朝食をとった団参の人たちがお参りに出るからです。
 夏であれば夜明けと共に御参りに出たほうが良いと思います。
 ここは京都の観光寺ではありません。本当の霊場です。夜が明ければ僧侶の方は大師様の周りを清めいつでもおまいりの方が弘法さんと話が出来るようにしてくれています。夜明けと共に参れば静まり返った中で、何人にも邪魔されずに大師と話が出来ます。
 私は不信心ですが、そうした中ではその場所に何かがあることだけは感じられました。それがありがたいととるか、不思議ととるか・・・
 ただ、現代ではあまり遭遇できない空間と時間です。
 奥の院は何も無いに等しい地味なものです。それが、弘法大師の津々浦々まで慕われる根源と通じるものがあると思います。この時間が持てれば金剛峰寺に参る必要も無くなる感じです。
 小さな橋を挟み、それより奥はまさに『聖域』です。それより奥は撮影禁止です。
 世俗を離れて時間に行けば、誰も居ないので禁を犯すことも簡単です。しかし、すがすがしい朝の光の中では、その『聖域』に入って写す以前に、そちらにカメラを向けることも叶いませんでした。
 このお堂より先は『弘法大師の居られる場所』です。位置的にはカメラは入り口方向を向いています。私の後ろが聖なる場所です。

カメラは ローライコード3

by je2luz | 2005-08-15 01:40 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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