LUZの熊野古道案内

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2012年 02月 01日

熊野の旅 一世紀あまりの歴史に幕 尾鷲ー須賀利巡航船

 この地方は元は「陸の孤島」と呼ばれていました。
 昭和36年に紀勢線が全通してようやく海岸沿いの大きな集落に陸上交通の便が出来たのです。更に道路が整備されたのはその後でした。
 なにしろ、リアス式海岸で険しい山がそのまま海に落ち込んでいるような所ですからね。
 三陸海岸ほど長くは無いですが40Kmほどの難所だったのです。

 紀勢本線が全通するまでは尾鷲ー木本間は「巡航船」で結ばれていて、途中の村や集落を順に寄港して居ました。
 波止場の無い港では「はしけ・伝馬船」でお客さんや荷物を積み卸ししました。

 こうして、大事な足だった「巡航船」は昭和30年代を最後に姿を消したのですが、一カ所残っていました。
 「尾鷲」と尾鷲市の飛び地の「須賀利」を結ぶ巡航船が残されていました。
 ここは地図の上では「海山町」に入っていて当たり前に見えますが、昭和の合併当時には陸上交通の道路も無く、外への通路は尾鷲と結ぶ巡航船だったので尾鷲市に入り飛び地になったのです。
 巡航船の就航は1915年・大正4年だそうです。
 100年を超す歴史があるのですね。
 陸路が通じたのは1982年昭和57年だそうです。
 
 私も何度かここを訪れたことがあります。
 もちろん、陸路ですけどね。
 こじんまりした漁村です。
 昭和60年代の前半ですが、のんびりしていて良い所でしたが、過疎化はもう進んでいましたね。
 そして、巡航船の利用者もどんどん減ったそうです。
 通学する子供も居なくなるし…

 と、言うことで…
 先日行われた住民投票で巡航船の廃止が決まったようです。
 深山の矢口まで入っている三重交通の路線に連絡するワゴン車が走るようです。
 一日4往復…
 海に比べれば「欠航」なんて回数は少し減るのでしょうね。
 巡航船より少し高くつくみたいですが、利用者のほとんどが行く「尾鷲市総合病院」へなら、波止場からのタクシー代が要らないので少し安くなるのだとか…
 町へ遊びに出るのでは無いのが悲しいですね。

 もし、この巡航船に乗っておきたいのなら早めに行かれた方が良いと思いますよ。
 航路の廃止の時期は新聞には出ていませんでしたけど…
d0045383_9165532.jpg
 
 これは1962年の木本ー尾鷲の巡航船が木本脇浜に入るところです。

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-02-01 09:24 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 木本人 at 2012-02-03 21:29 x
木本ー尾鷲の巡航船、、、UPおおきに。
懐かしいねえ。
Commented by je2luz at 2012-02-04 10:36
木本人さんへ
 ***
 もうこの時代にはカメラを握っていました。
 フィルムが高かったし、子供だったので普通の記録用の写真がほとんど無いですけどね。


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