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LUZの熊野古道案内

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2012年 01月 31日

熊野の旅 熊野のタクシー

 人口が少ないし、列車で降りる観光客もそんなに多くないのに、熊野市駅にはいつも客待ちタクシーが何台も並んでいます。
 もっとも「流し」なんてやっても手を挙げる客など居ませんし、市街地は10分もかからずに回ってしまいますからね。
 バスの本数は少ないし、足の無い人にとっては大事な交通手段なのでしょうが、どれくらいの利用があるのか心配になります。

 ここのタクシーは二系統あります。
 この二系統体制は私が子供の頃からの物です。
 私が子供の頃には「木本タクシー」と「双葉タクシー」というのがありました。
 「木本タクシー」は松原にあったと思います。
 「双葉タクシー」は水谷茶屋でしたね。
 木本タクシーの方が古いようでしたが、黒塗りのT型系統のセダンを使っていたりしました。
 私の祖父は、この木本タクシーの山本さんとか言う運転手がお気に入りでその人ばかり呼んでいましたね。

 紀勢線が全通し、紀伊半島の観光資源を狙って関西の私鉄が入り込んできた時、「木本タクシー」は「近鉄タクシー」になり、「双葉タクシー」は「南海タクシー」になりました。
 鬼ヶ城の売店や食堂は「南海電鉄」、入れなかった近鉄は外に「近鉄ロッジ」なんてのを作ったり…
 観光ホテルの「オレンジホテル」なんてのが出来たのは「高島屋日発」とか言う南海系列でした。
 尾鷲の「サンポートホテル」も同じ南海系列でしたね。
 しばらくして、国内の観光には先が無いと分った段階でこの大手二社は紀伊半島からどんどん撤退して行きました。
 国鉄紀勢線を近鉄に売却しようなんて動きもありましたが実現しませんでしたね。
 近鉄に売ってあったらもう少し客が居たかな?
 近鉄は伊勢線があるし紀伊半島一周となれば色んな戦略を考えたかも知れませんし、逆に不採算だからと言って廃線したかも知れませんね。

 観光部門から撤退してからもどうでも良い程度のタクシーはしばらく看板はそのままでしたが。今では「クリスタルタクシー」と「第一タクシー」になったようです。
 それでも二社体制ですね。
 基本的には流しをやらないので「ハイヤー」のように黒塗りです。
 夜中に人がうろつく町では無いのでタクシーという物は夜の12時を過ぎると駅にも居なくなるし走行しなくなるのです。
 最近は飲み歩かないので分りませんが、以前は12時になってくるとスナックのママさんが「タクシー呼びましょうか?」と必要そうなお客さんに声を掛けた物です。
 それを潮に客の半分くらいが帰るというパターンが多かったです。
 今は「運転代行」なんてのが田舎にもありますから様子は変わったでしょうね。
 でも、いまは飲み客ががた減りですから「代行運転手」も本業としては大変かと思います。
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by je2luz | 2012-01-31 09:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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