LUZの熊野古道案内

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2012年 01月 18日

熊野の旅 熊野市は貧乏?

 熊野市は全国の田舎の町同様。「過疎」「高齢化」が当たり前のことになっています。
 林業と水産以外には外資を稼ぐ道の無かった田舎ですから、この四半世紀のように林業が壊滅し、近海漁業も破綻してくると外からやってくる金は「地方交付金」「補助金」「公務員給料」「年金」なんてのしか無くなります。
 だから、予算も100億程度しかくめません。
 その百億円のなかで他所様をもてなす方に沢山回すトップが居てちょっと困っては居るのですが…

 この乏しい財源を豊かにする道も半世紀前にはあったのです。
 日本の原子力が東海村で動き出し、「原子力発電所計画」が全国に展開された時に熊野市井内浦にも据えることになったのです。
 漁民を中心に猛烈な反対運動もあり、計画が頓挫し、最後には候補地の丸印も消すことに成功しました。
 その頃には、熊野市民と言うだけで「越前ガニ食べ放題」「加賀温泉郷の旅」なんてのはただで行けたものです。
 旅好きの人なんか二回も三回も行きましたね。
 会社の慰安旅行まで中電の接待で済ませる所もあったのです。
 別にその会社が中電の関連企業とか出なくても良かったものです。
 私がまだ東京に居た頃からの反対運動で、私が議員になった時にようやく終わったのです。
 でも、熱心に反対する遊木を中心とする漁師さんが居たにしても、推進派も居ましたし、他所に比べればおとなしい方なのによく止められたものです。
 候補地がちょっと手狭と言うこともあったのか、中電の交渉の中心が熊野に無かったからか…
 終息に向かいつつあった時でも工作員が常駐し市民や議員に働きかけをしていましたね。
 反対を掲げて議員になった私の所へもすぐに工作員が来ました。
 お隣の国の工作員と違い拉致したりしませんでしたけどね。

 でも、本当に安全で良いことばかりの「原発」ならあんなにお金を使って裏工作したり、正規の「電源立地交付金」の他に湯水のように寄付金や補助金が出てくるはずありませんよね。
 「万一の時はよろしく!」という事前迷惑料・慰謝料の性格のお金だと思います。
 すごく貧乏だった熊野市と市民でしたがそれ手には乗りませんでした。
 時の市長も市長としては「やってお金が欲しい」のが見えていましたが、「市民を騙してまで…」と言う政治家ではありませんでした。
 首長とすれば、建てたかったら立派な図書館・市民会館・文化会館・体育館・集会場…ばんばん出来るのですから毒のお金でも手を出したくなりますよね。
 だから、8期目の選挙までは、「やる」とも「やらん」とも言わなかったくらいです。
 
 この市長…坪田誠さんは連続8期勤めた人ですが、最大の功績は「原発を作らなかった」事でしょうね。
 でも、就任すぐの時の「伊勢湾台風の災害復旧特需」で最悪だった財政も持ち直し生き延びられたのです。
 三重県二区の大物代議士、田村元さんと市長の坪田誠さんは伊勢湾台風のおかげで安泰になったと言えますし、本人もそう言っていました。
 その背景もあって「原発阻止」も成功した部分があるでしょう。

 しかし、しかし…
 今は貧乏です。
 でも…
 原発が出来てお役所の金が楽になって、立派な会館とか意味も無く広い道路や橋が出来ても、不思議な事に過疎も進むんですよね。
 変な交付金が無くなったら膨らんでしまった財政も破綻するので、時限立法をどんどん延長していましたものね。
 特別立法が無ければ原発城下町なんて廃墟になるのです。

 何もない…
 貧乏だ!
 でも、良いじゃ無いですか。
 子供たちが無事に育ってよその土地で元気に生きているのですからね。
 そして、何も無いほど開発されていなかったから「世界文化遺産」にも指定されたのです。
 列島改造論の頃に書いた「熊野市総合開発」なんてのだと、我が家の前の浜を含め松本峠だなんだという所に10本を超す空中ケーブルカーが掛かるはずだったのです。
 そんなのがあったら、「文化遺産」には成りませんよね。
 原発があったらそんなばかげた施設も出来ていたかも知れませんね。
 
 清く正しく美しく…
 貧乏してても心は錦…
 なんて言いませんが、無くても良いじゃありませんか。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-01-18 10:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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